第一章 「文化政策学」確立の視点と「芸術文化政策」

1.「文化政策」の明確化と総合化の必要性

1.「文化政策」の明確化と総合性の必要性

●1990年代における文化政策の進展

「芸術文化振興基金」の設立とともに「企業メセナ協議会」が発足し、
これにより従来の芸術文化団体民間企業の三者間の関係に転じることになった。

●文化政策の明確化の必要性

戦後、わが国は戦前・戦中の芸術文化活動に対する抑圧の反省から、芸術文化に携わることを極力避けてきた。そのために明確な理念が存在しなかった。

1960年代は文化庁の設置により支援措置は拡大して行ったが国がこれに
積極的に関わる理念はまだ不明確なままだった。

そんな中1980年代において財政再建のための補助金抑制措置の影響を受け、芸術活動は重大な危機に直面した。その中で文化庁は企業メセナの
必要性を強調。

1990年に企業メセナ協議会が発足し、公・私の役割分担と相互補完を含む総合的な文化政策への転機が要請される。

●文化政策の総合性の必要性

<文化庁の5つの対象領域>
・文化の振興と普及
・文化財の保護と活用
・国語の改善
・著作権の保護
・宗務行政の運営

国レベルにおける分散化の傾向、地域レベルにおける総合化に見られるように、今日、文化政策は混乱をきたしている。文化政策には隣接諸政策を包括した総合化と、それによる高度に洗練された政策分野としての枠組みの構築が必要である。

2、「文化政策学」確立の視点

●文科経済学、アートマネージメント論と文化政策学

1990年前後から芸術文化支援のあり方を中心にラスキンやモリス、ケインズへの言及も盛んになる。
この頃からアートマネージメントの必要性が提唱され、1992年「文化経済学会」が発足。その後大学でも独立の文化政策関係学部も設置され始めた。

●「文化政策学」体系化の4つの視点

①わが国の文化政策の実態を踏まえて、その体系化と理論構成を図ること
②これまでの政策科学学において蓄積された手法により、政策内容、政策形成過程などの分析が行われる必要性がある。
③文化政策と関連する諸政策を視野に含めること
④先行の文科経済学、アートマネージメント論との連携を図ること

3、「文化政策」と「芸術文化政策」との違い

●文化政策の対象領域
・文化の振興と普及
・文化財の保護と活用
・国語の改善
・著作権の保護
・宗教行政の運営

●文化政策の機能

文化政策は
「文化の頂点の伸張」(縦軸)…芸術を指す。
文化の裾野の拡大(横軸)…①地域間における文化活動の是正を図る
             ②地域の固有性を持った文化活動を通じて
              主体性と自立性を確立する
この2つの機能がある。

<具体的な発現の方向>
①文化基盤の整備(施設の整備・芸術家の育成など)
②芸術活動の奨励・援助
③国民の文化への参加の拡充
④文化財の保護と活用
⑤文化の国際交流

●芸術文化政策の位置づけ

文化の範囲は
「芸術文化」…文学・音楽・美術・演劇・映画など
「生活文化」…茶道・華道・香道・盆栽・服飾・料理など
「国民娯楽」…囲碁・将棋など



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第二章 アートマネージメントと文化政策

1、民間企業への文化アプローチ

●企業に四つメセナ活動

1990年社団法人「企業メセナ協議会」が設立。その援助金はバブル経済後の不況下にも関わらず、1社当たりの支援額は95年依頼ほぼ同額。
企業メセナはこれ以外にも人材派遣や場所、機材の提供をする場合もあり、今日定着していると言えるであろう。

●舞台芸術公演の収支

1994年度におけるプロのオーケストラ22団体の収支構成
事業収入(入場料・公演料・放送料など)53%
支援収入(補助金・寄付金・協賛金)39%
残り一割が個人負担

支援収入の内訳は国が66%、スポンサーが34%。
当面要請されることは個人負担金が0になること

芸術文化団体側にも広報宣伝のあり方・放送を利用した作品の普及・
販売への配慮・友の会の維持など改善すべき点がある。

●公・私両部門の連携

芸術文化支援の動機や形態にはさまざまなものがあるが、必要なことは
それが単なるスポンサーないしパトロンにとどまることなく、相互に協力し合うパートナーとして、芸術文化に関わり、振興を図ろうとする自覚であろう。

2、文化経済学とアートマネージメント

●「文化経済学」の提唱

米国では1,965年「米国芸術財団」設立
英国では1,976年「芸術支援企業協議会」設立
フランスでは1,979年「商工業メセナ振興協議会」設立
日本では1980年代後半「文化経済学会」設立

「文化経済学に対するケインズの最大の貢献は、政府の新しい役割を
明らかにするだけでなく、独自に公共性の領域を設定しその議論を展開
していることにある」(的場信樹)


●アートマネージメントの必要性

①官民両サイドから支援を得ようとすれば、その収支を明確にする必要がある
②芸術文化団体には専門のアートマネージメント担当者の存在が必要がある

3、アートマネージメントと文化政策の関連

●アートマネージメントの意義
芸術家の才能と、それをマーケットに提案するのに必要な資本と組織、
そして作品を教授する観客の三つの要素を繋ぐのが芸術経営の基本

●アートマネージメント論と文化政策論の統合

今後は日本の実情に合った経営科学としてのアートマネージメント論の
確立が、速やかに実現することが望まれる

第三章 文化政策の変遷=芸術文化を中心として=

1、戦前の芸術文化政策

●第一期(明治維新~1907年第一回文部省美術展覧会開催まで

<音楽>

1879年 文部省音楽取調掛の設置により洋楽教育の実施と唱歌教材の作成
1886年 唱歌・音楽の必修措置
1887年 東京音楽学校創設

<伝統音楽>

1870年 京都・奈良・大阪の三方楽所の楽人を集めて雅楽局設置

<美術>

陸軍士官学校や工部美術学校で洋画教育が奨励される
1877年 内国勧業博覧会などで官設美術展開催
1880年 欧化主義への反発からフェノロサ・岡倉天心による「邦画伝統尊重論
1887年 西洋画科が設置され本格的な人材養成がされる

第一期の芸術政策は、西洋芸術の積極的な導入と日本古来の伝統芸術の
再興を2つの柱としながら、主として音楽教育と美術教育を中心として政策が進められた。


●第二期(1907年~)第二期(1919年~終戦まで)

<第二期の特徴>

1907年 文部省美術展覧会は勧業を意とした美術展覧会に対し、純粋に
芸術の観点から美術振興策を講ずべきであるという目的で開催された。

対象が美術に限られたものの、はじめて純粋芸術の振興を直接目的とした政策が推進された。

<第三期の特徴>

美術だけでなく文学・音楽・演劇などの分野も含む芸術全般にわたる奨励機関として1937年「帝国芸術院」設置。
同じく1937年 文化勲章の制度

このように戦前の芸術政策に関しては、美術の分野における展覧会の開催・芸術家の顕彰・優遇という間接的な振興が意図されたにとどまり、積極的に芸術の振興を図るまでには至らなかった

●芸能一般に関わる政策

1882年 脚本の検閲制度
1925年 治安維持法より検閲と上映禁止の措置が強化される
1935年 レコードが取り締まりの対象となる
1937年 NHKの洋楽放送の全国放送から都市放送への切り替え、ダンスホールの強制廃業
1939年 映画政策について制限をする反面、国民文化の向上に費やす映画の奨励が行われた
1940年 新劇劇団の解散命令
1941年 ジャズの演奏禁止措置

2、戦後の芸術文化政策

●第一期(1945年~1950年末)

1946年 芸術祭

戦前の政策の是正と芸術祭開催という場を提供するだけにとどまった。

●第二期(1960年~1970年前半)

1968年 文化庁の発足(芸術文化などの諸政策と文化財保護政策が一元的に推進される体制が整った)
民間芸術団体に対する国の女性が開始される
国立劇場の設置
公立文化施設・歴史民俗資料館の設置

この時期には「文化の時代」の標語の元に芸術文化のみならず、生活文化まで視野に入れた幅広い文化政策の展開が要請された

●第三期(1970年後半~1980年代末)

芸術家国内研修制度
オペラ歌手養成事業
芸術作品賞・こども向けアニメーション映画作成奨励金
舞台芸術創作作品賞
国立国際美術館の設置
第二国立劇場(仮称)

この時代は「地方の時代」の正午の下に地方恐恐団体の文化行政が前向きの方向をたどるようになった

3、戦後の第四期(1990年以降~現在)

●芸術政策

1990年 芸術文化振興基金創設・社団法人「企業メセナ協議会」発足

国・芸術団体・モン間企業の三者間の関係に転換

●文化施設の整備と地域文化政策

1997年 第二国立劇場(仮称)=新国立劇場の名で開場。現代舞台芸術の拠点が完成する。
九州国立博物館・新国立美術展示施設・国立組踊劇場(沖縄)の設立に向けた調査研究開始

文化政策が観念的ながら各種政策の上位におかれ、総合政策としての色彩を帯びることとなる

第4章 文化政策の背景

1、内容不関与の原則

●戦後の文化に対する基本姿勢

国は戦前・戦中の文化統制に対する反省から文化活動に対して間接的な支援を行うにとどまっていてそれは現在も続けられている。しかし、文化活動の内容に関わることなく側面的にその振興を図ることは実質的には困難である。

●内容不関与の原則の担保と支援に対する説明義務

有識者からなる第三者機関の審議・検討にゆだねるシステムを持つ。
しかし、芸術文化の内容への不関与と支援に当たり求められる評価との間のジレンマは、解決困難な課題を定義するが、内容不関与の原則は、戦後の文化政策において確立された原則であり、今後の文化政策の展開において、その重要な背景を成すものである。

2、「文教」政策の一環への位置づけ

1970年代後半、「教育はチャージ(充電)であるが、文化は「ゼスチャージ)(放電)であり、両者の方向は全く異なるため、教育の文脈の中で文化を捉えるのは不適切だという問題定義がなされた。

3、日本文化の形成過程との関連

●文化形成の歴史的ダイナミズム

外に向かって国が開かれているときは常に外からの文化が反復して押し寄せ、これを受け入れるのに大きな比重がかかった。転じて、国が閉じられている時には次第に渡来の新しい文化は定着していた。在来の文化と融和・混合することによって新たに固有の文化が生み出された。

●日本文化の地理的展開

日本人の心情を根強く支配していたのは「中央の文化」と「地方の文化」との間にある絶対的較差である

●文化政策の方向性

日本文化の地理的な展開との関係で重要なことは、国内における「文化的中央」と「文化的地方」の解消である。地域において独自性と固有性を持った特色ある文化を開発し、地域の文化的主体性と自立性を確立していくことである。

4、1980年代の状況

1960年代からの高度経済成長で、国民の生活水準は著しい向上を見せたが、一方で公害と環境破壊が進行して行った。1970年に起こったオイルショックで人々は改めて自己の周囲を見渡した。その結果「環境の質」が問われ、さらに進んで「生活の質」と「心の豊かさ」が求められるようになった。

●地方の時代

1970年代、関西の自治体を中心に「自治体文化行政」が前向きの方向をたどるようになった。「地方の時代」とは、地域住民による生活の質の向上の要求、特にその文化的要請を踏まえ、地域の快適な生活環境=アメニティを創造することにある。

●国際化の時代

わが国の文化を、広く総合的に紹介し、諸外国の理解を深めさせると共に、逆に諸外国の文化と幅広い接触を保ち、相互に交流し、評価し、啓発しあっていく必要性がある。

●3つの標語

「地方の時代」
「文化の時代」
「国際化の時代」

第5章 文化政策の形成過程

1、政策形成過程と文化政策

●政策形成過程と政策決定

「政策形成過程の中核的プロセス」

政策策定機関(審議会等)による「政策目標の策定→施策の基本方針の決定→施策の基本計画の策定→行政府への答申・建議」
これを受けた行政府による「実施計画の策定→実施計画の遂行」及び各実施段階における「政策全体の評価・修正」

政策決定は「目標の設定→代替案の設計→モデルの作成→費用・効果の比較→仮説の吟味→目標の再検討→新代替案の開発

●文化政策の形成過程

最大の課題は予算措置である。与党・野党への事前説明、財政当局との頻繁な折衛の後、政府原案として確定され、国会の審議を経て予算として成立する。

●政策決定における科学的手法導入の可能性

明確な科学的手法が導入されているとは言いがたい。
その理由は

①政策決定担当者が経験とカンに頼る傾向が強い
②政策決定において、圧力団体や市民運動に代表される、軽量化が困難な要素が入り込む余地が大きいこと
③政策決定システムに関する科学的手法が未熟であることである。

科学的手法導入に当たっては、次のようなステップが必要である。

①価値観等の不確定要素ないし計量化が困難な要素を、操作可能な形で政策決定システムに組み込むこと
②これらの要素を取り込んで解析できる新たな定量的技法の開発を図ること

2、非常時における文化政策の変容

●阪神・淡路大震災と文化施設等の影響

震災時は文化施設スタッフもライフラインの復旧などの要員に借り出され、本来の文化行政に携わる余裕がなかった。
特に文化施設は被災民の収容施設に利用されたため、スタッフはかなり後まで収容者の世話に従事させられた。

一部で「困難な時ほど精神的な芸術が必要である」との意見が出されたが、大半が「市民権を得ていない文化では、復旧の遅れは仕方がない」「役に立つのは、避難所としての役割のみである」との声になった。

これに対し、民間の芸術文化団体では、被災の程度が大きいにも関わらず、2、3ヶ月後には公演をするなど貢献していた。

●復旧過程における文化政策の位置づけ

兵庫県の文化予算は震災前から比べると約2倍の伸びとなった。
だがこれは文化施設などのハード面の予算がかなり入っていると見られるので、短絡的には文化事業の予算が縮小されたようにみえる。

だが、中期的に見ると「兵庫2001年計画」「フェニックスプラン」などがあり、これは兵庫県が「自治体文化行政」の先進県であること、知事が文化行政に熱心であることによるものである。

●災害と文化政策

このような非常事態であるにも関わらず公演活動を行う民間の芸術文化団体も現れた。こういう地区ほど地域住民のコミュニティ意識が高く、
被災後の物資の分配等にもプラスの効果があった。

人命救助を含む応急対策と生活基盤の回復が優先されることは当然としても、一方で上に見たように、非常時における芸術・文化の役割もまた大きいものである。


       

第6章 文化政策の構造(1)

「文化の振興と普及」の枠組みと芸術文化支援行政

1、文化の振興と普及の枠組み

芸術の振興(文化の頂点の伸張)

①芸術活動の基盤の整備
a、組織の形成
b、施設の整備
c、情報システムの整備

②芸術活動への奨励・援助
a、精神的援助
b、財政的援助

③芸術活動の場の確保

④芸術家の育成
a、研修
b、顕彰

⑤芸術の国際交流

文化の普及(文化の裾野の拡大)

①地域文化活動の振興
a、基盤の整備
b、奨励・援助(精神的援助・財政的援助)
c、活動の場の確保
d、人材の育成(養成・顕彰)
e、国際交流

②芸術鑑賞会の確保
a、派遣公演
b、巡回展示

2、芸術文化支援に関わる施設=支援行政

①アーツプラン21

中核的な芸術団体の基幹的な活動に対する支援を中心に、芸術文化の基盤の整備とその水準の向上の役割を担う。
「芸術活動活性化事業」は、その眼力となるものであり、わが国の芸術活動の水準を高める上で直接的な牽引力が期待される芸術団体への重点的支援をする

②芸術文化振興基金

運営母体は日本芸術文化振興会。「芸術文化振興基金」が設立され、政府出資500億円、民間出資112億円を原資とする。

③芸術文化助成財団協議会

企業が財団を設立し、文化活動を支援する形態。現在23団体を数える。

●地域文化活動の奨励・援助

①「地域芸術文化活性化事業」(文化のまちづくり事業)
②「ふるさと文化再興事業」
③「公立文化会館活性化事業」
④「学校の文化部活動活性化事業」
⑤「芸術団体等の活動基盤整備事業」
⑥「映画芸術振興事業」
⑦「国民文化祭」及び「全国高等学校総合文化祭」

第7章 文化政策の構造(2)

関連領域の拡大と「自治体文化行政」

1、関連領域の拡大と文化庁の機能

1)国際文化交流
「顔の見える日本」の基礎となり、外交政策の基礎を成すもの。これまで国際文化交流は、文化政策、外交政策それぞれの立場から実施されてきたが、今後は両政策が緊密な連携を保ちながら推進される必要がある。

2)生涯学習と文化
生涯学習政策は、生涯にわたって自主的に学習し、文化の創造に参加できるせいびをはかることにあり、文化の振興はそのような生涯学習の目的と大きく重なっている。

3)町づくりと文化
近年は文化性の高い空間のデザインにも目が向けられ、アメニティの形成を目指すものとして定着し始めた。

4)産業経済と文化
デザイン産業、ファッション産業、余暇関連産業、映像情報産業等の文化政策が相互に交錯し、協力すべき接面となりつつある。

5)情報化社会と文化
今の高度情報化社会において、最大の機能を発揮するのがマルチメディア技術である。一方マルチメディアの発展は、著作権の問題と共に、芸術文化全体にわたり、大きな影響を与える可能性が出てきた。すでに新たな芸術分野として、コンピューター・アートも生まれている。

6)観光と文化
観光に対する認識も高度化し、その他の文化・芸術・生活に触れることが求められる

7)社会福祉と文化
衣食住の基本的なニーズに加え、文化的欲求の充足が避けて通れない重要な課題として浮上しつつある。

●文化省設置問題と文化庁政策庁への位置づけ
国の文化政策が、文化庁を中心としつつ、実質的には他省庁もこれを担っていることから、文化省設置の問題が浮上してくる。
その後の社会状況の変化により文化政策も実質的な広がりを示すようになった以上、文化庁を省に格上げし、強力な文化政策の推進機関を設置すべきではないかと言うことである。

しかし、文化省の設置は、行政改革において文部科学省の外局とする結論が出たい上実現は困難である。

2、地方公共団体の文化政策
地方公共団体の文化政策は「地方の時代」の名の下に1970年代以降大きな飛躍と遂げた。これらの背景として1960年代の高度経済成長に伴う負の効果に対して強い反省が生じ、人々の価値観がものからこころへと転換して行ったこと、企業・情報・文化の東京一極集中に対し、地方自治への強い危機感が生じ、地域の主体性・自立性を確保するために文化行政の重要性が認識されたことなどが挙げられる。

文化行政は「地域の活性化や年の経営戦略と密接に関わる様に」なり、
「地域や都市の経済活性化と直結した路線として最高潮のうねりをみせた」のがバブル経済最盛期である。

●自治体文化政策基本モデル(互いに関連しあう)

市民文化   都市文化  行政文化

表現(パフォーマンス) 交流    蓄積(ストック)

ヒューマンウエア  ソフトウエア  ハードウエア

これが自治体文化行政の閉塞状態からの脱却モデルである

●地方公共団体の文化政策の方向性
1)ものからこころへと価値観の面で大きく変化している
2)歴史を通じて変わらないもの(不易)と時代と共に変化するもの(流行)の調和と、それによる新たな生活文化の形成が求められている
3)国際化により、日本のアイデンティティ確立の必要性がある

このような中で「生活文化」の充実が求められるようになった。生活文化は突き詰めれば生涯学習活動と文化活動に整理される。
昨今はアメニティの形成も重要視されている。

これまでの首長主導の自治体文化行政は生活文化に傾斜し、芸術文化への視点がなおざりになってきたことは否めない。芸術文化と生活文化は相補の関係にあり、地方公共団体の文化政策において、総合的な目配りをする必要があると考えられる。

第8章 文化政策の構造(3)-文化法制と文化予算ー

1文化法制

●文化法制の全体像
一般的には、文化に関する法制は教育基本法に求められる。
文化ないし文化政策をそれ自体として直接に規定しているのは行政組織法である文部科学省設置法である。

・文化に関わる個別法制
「文化財保護法」
これを社会的に保存し、活用を図ることによって社会的価値を発生させるような方向付けを行う
「著作権法」
その利用者から生ずる利益を創造者に帰せしめ、それによって創造活動を活発化させ、いづれも文化の発展に導こうとするもの

・懸賞に関する法令
文化勲章令・文化功労者年金法・日本芸術院令

・文化の振興に関する法令
日本芸術文化振興会法

●地方公共団体にかかわる法制と文化振興条例

<地方自治法>
従来教育委員会は、芸術文化と文化財保護について、包括するのを常としていたが、1980年代以降、首都部局において、いわゆる自治体文化行政が直接推進されることになった。
現在では、首都部局で文化振興一般を所轄し、教育委員会では芸術文化の一部と文化財保護を扱うのが多くの例となっている。

<文化振興条例>
地方公共団体は、その所轄事務において条例を定めることが出来、便か施設の設置運営や文化振興のための基金を設ける場合、条例によることが義務付けられている。

●「文化圏」と「文化基本法」に関わる課題
文化を教授する権利(文化権)については、今日、自由権と社会権の両面から説かれるようになった。
自由権の観点からは、幸福追求の権利が基底に置かれる。
社会権の観点からは、憲法上で明確な規定を欠いている。

2、文化予算

1990年から右アガリになり1997年には二倍になった。
文化庁の文化政策は文化財の保護に多く比重がかけられている。
文化財保護の中では、史跡の保存・活用が大きな割合を占めている。

●地方公共団体の文化関係経費

次第に減少傾向が見られるようになってきた。これは施設経費の減少が主な原因といえる。

第9章 文化施設の設置・運営ー設置者行政ー

1、文化施設の概況

国立の劇場としては、国立劇場と新国立劇場が設置されている。
また、国立組踊劇場(仮称)の設置準備が進められている。
厚生年金会館や郵便貯金会館も存在している。

公立文化会館は、建物の設置が先行するあまり、その多目的性や事業内容に関し、これまでさまざまな評価がなされ、批判もされてきた。しかし今日、文化会館は、まちづくりの中核的な施設として、地域舞台芸術の創造・発信の拠点に位置づけられようとしている。

●美術館・博物館(2001年、独立行政法人に移行)

文化庁の管轄する国立美術館・博物館は下記の7つがある。
東京・京都・奈良の国立博物館
東京・京都の国立近代美術館
国立西洋美術館(東京)
国立国際美術館(大阪)

<補足>

国立大学の付属美術館・博物館
文化財研究所(文化財や美術作品の研究)

2、地域文化施設の今後のあり方

●文化施設の地域における意義

地域文化政策は、まちづくりを視野に入れた幅広いものとして展開しつつある。近年人々は、生活の質の向上のため、文化と生活空間の緊密化、文化性の高い生活空間のデザインを志向するようになった。

文化会館・美術館・博物館などの文化施設は、景観形成、アメニティ創生の重要な要素として、都市計画の中に積極的に位置づけられるようになった。

●アートマネージメント確立にむけて

<留意点>
・地域全体の中での位置づけ
文化施設は、地域全体ないし地域経営の一環という総合的な視座を持つことが必要である
・経営的視点の導入
・事業展開についてのノウハウの蓄積
今後文化施設は一層市民に開かれたものとなることが求められる。独自のノウハウを確立し、外部関係者との利害調整を行いつつ、主体的、自立的な機能を維持することが必要である。

これまでの文化施設は行政によって措置された予算・ないし人員以上に、その運営の範囲を拡大しようとはしなかった。館の利活用に関する住民の要求に対し、メリハリをつけることもあまりなく、館が独自にプロデュースして創作活動を行うことも一部の例外を除いてなかった。
特に美術館の企画展に関しては、一般のニーズから逃避した企画を立てる例が少なからず見受けられた。

今後、文化施設には、広義・狭義にかかわらず、アートマネージメント能力の向上が望まれる。それには、それぞれの立地条件を考慮しつつ、独自のマネージメントのあり方を確立していく必要がある。




第10章 文化会館 (1)

1、文化会館の性格と概念
●文化会館の性格の変遷

文化化機関の前身は、公会堂にあるといわれる。大阪市中央公会堂にはじまる初期の公会堂は、集会や講演会などを目的とする講堂的存在であった。その後、日比谷公会堂、名古屋公会堂など文化的な催しを念頭に置いたものが出現し、やがて音楽会、舞踏などに多く利用されるようになった。

文化会館の建設は、1969年代に入ってから次第に盛んとなっていった。大都市と地域との文化格差が大きく、地域に文化施設がほとんどなかった時代に求められたのは、芸術文化の鑑賞の機会であり、あらゆる文化活動に対応できる舞台施設であった。その意味で、文化会館が多目的ホールとして建設されていったことに充分な理由がある。

1970年代になると、この文化ホールも「どの種目においても完全な公演が出来ない」という欠点が指摘し始められた。

1980年代ごろから、尼崎のピッコロシアター、宮崎のバッハホールなど、多目的性を脱し、演劇、音楽専用ないしこれらを明確に分類したホールの設置が行われた。
「優れた機能を有するジャンル別ホール」

●文化会館の特質・範囲と概念

1)地方公共団体によって設置された公共の施設であること
2)音楽堂・劇場・展示場などの機能を備えた施設であること
3)地域住民に対し、音楽、演劇、美術などの鑑賞の機会を提供するものであること
4)地域住民に対し、文化活動の発表の場を提供するもの

2、公民館と文化会館ー社会教育行政と文化行政
●公民館と社会教育行政

公民館は、戦後、わが国独自の社会教育施設として提唱され、整備が行われてきた。地域住民の学習活動の拠点として重要な役割を果たしている。

公民館は、住民の文化活動すなわち芸術文化の面を直接の対象としているとはいえない。そして、公民館を中核施設として位置づける社会教育においては、芸術文化は二次的な存在であったと言わざるを得ない。その意味で公民館は文化会館の範疇から除く事が適当である。

●文化会館と文化行政

相当数の市町村では、社会教育担当部局で併せて文化行政を担っているのが現状である。その意味で、特に市町村では、文化行政が社会教育行政から完全に独立しているとは言いがたい。

しかし最近は社会教育行政組織の一環にあっても、文化行政としての独自の領域が形をととのえるようになった。

文化会館の設置がおおむね全国的にいきわたったことに加え、自治省の支援する地域総合整備事業による文化活動建設のほうが、地方公共団体にとっても有利なことから、文化庁の補助金に対する需要が減少し、そのため総務庁から見直しの勧告を受けた。

文化会館は、舞台芸術それ自体を志向する一方、場合によってはプロフェッショナルに傾斜した方向に特化するか、それとも、あくまで地域住民の生活とのかかわりの中でコミュニティの核として機能するかと言う問題である。


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Mikami Kako

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