第1章 先住民とはなにか

1.はじめに

原住民は文字通り解釈すれば、もとより住んでいる民と言う耳であるが、「未開」「僻地」「文化が遅れている」と言うネガティヴなニュアンスがある。1980年代に盛り上がりを見せた先住民運動の影響もあって、日本では「先住民」と言う言葉が定着した。

「先住民」・・世界中に分布する全ての先住民族の集合を指す
植民地化以前からその土地に住み、先住性のある集団が近代国家の中へ編入され植民地的な支配の中で、先住民族を自認して先住権を享受する、またはすべき集団
「先住民族」・・個別の民族集団を指す

2.先住民の定義

先住権は先住民が居住する国の国民が持全ての権利の上に、先住民だけに認められる特別の権利である。たとえば、国民が守らなければならない猟(漁)期以外にも狩猟や漁労を行える権利がある

■先住民(族)の4つの属性

1、先住性・・・近代植民地化以前からその土地に住んでいる民族
2、被支配性・・・異民族によって征服され支配されている民族
3、歴史的連続性・・・伝統的な居住地においても連続的に居住してきたが、植民地的な状況における他所への強制移住、もしくは年に移住した先住民にも歴史的連続性が認められる
4、集団、もしくは個人が自ら先住民として意識しているかどうか

先住民に権利があることはイギリスのコモン・ローに由来するが、これは表面的には先住民を保護することであるが実体は違う。

3、近代植民地主義と先住民
(ここでの近代植民地はは16C以降の植民地主義のことを指す)

15C後半イギリス・フランス・オランダ・スペイン・ポルトガルなどの西欧諸国がアフリカ大陸を発見した。当時のヨーロッパ人には先住民に対して「野生人」と言うイメージがあったのに対して「野蛮人」「野人」と言ったイメージを持ち、それが後世に広く世界に流布するようになった。いずれにしても先住民はヨーロッパ人とは対等な存在になりえない文化的・精神的な幼児であり、常に監視・監督され、禁治産者扱いされてきた。

<先住民をそう思わなければならないヨーロッパ人の必然性>

・発見者が土地を取得出来るというヨーロッパ中心主義思想
・キリスト教徒でないものをキリスト教徒にすることがキリスト教徒の義務だという宗教的思想
・先住民の生活権を奪い、労働力のプールとして結集させるための経済的思想

4、21世紀の先住民

いまやあからさまな植民地主義から解放されている先住民の処遇は、30年前に比べて大きく改善されている。しかし、それぞれの国家において植民地主義が完全に払拭されているとは言いがたい。いわゆる第3世界や日本においては先住民というカテゴリーさえ認めない。

<先住民の苦境>

先住民が直面しているもっとも深刻な問題は、中・南米アフリカ、西アジア諸国の政府が「テロリズムとの戦い」に便乗して、先住民が進めている自立運動をテロ行為であると断じ、先住民を弾圧したり、軍を動員して征伐したりしていることである。

先住民が経験してきた過去の「人種的な」思想に基づく歴史的な現象は、過去に属するのではなく、先住民が抱えている現在の不公平と差別に引き継がれている。
先住民は生活領域と生命を維持する資源を奪われ、政治と文化・社会的な制度が抑圧されてきている。その結果、経済及び社会面で被害を受け、コミュニティのまとまりが脅かされ、文化的な維持が困難な状況である(アナヤ;1996.3)
このような状況を是正するのは、まさに主流社会の責任である
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第2章 文化多様性への扉:人類学と先住民研究

1、はじめに

「人々について知りたければ、身の回りを見回すが良い。だが人間を知ろうとするなら、遠くを見ることを学ばなければならない。共通の本性を発見するためには、まず差異を観察する必要がある」(ルソー)

2、文化相対主義の悲哀:対話の忘却と偽りの相対主義

文化相対主義とは、人間はそれぞれ異なった価値観や世界観に支えられた文化に基づいて暮らしており、あるひとつの文化の基準によって別の文化を判断するべきではなく、それぞれの文化の基準に即してそれぞれの文化を理解し、多様な文化それぞれの独自性を尊重すべきであるとする思想のことを言う。

進化主義的な人類学は欧米の価値観や世界観つまり文化を人類に普遍的に当てはまる単一の基準として措定し、その基準に従って欧米近代社会を頂点にさまざまな人間社会を序列化してきた。このように「自文化中心主義が民族差別の温床となり、欧米近代が社会による非欧米社会の植民地主義的な支配を正当化する考えであったことは言うまでもない。

■文化相対主義の2つの悲哀

1)相互理解を阻む不可知論であると文化相対主義を批判する意見
2)文化相対主義を名乗る自文化主義の登場

文化相対主義が尊重する姿勢は「違う」という実感を出発点に、対話を通して絶え間なく代わり続ける自分と相手が対話に基づいて相手の文化を推論してゆくことである。終わりがない。

しかし、「違う」という実感が「文化が違うのだから仕方がない」という安易な結論の下に結界が生じてしまう。また、自文化主義がいけないならいっそのこと人の文化の理解などやめてしまえという投げやりな態度も残る。

3、近代人類学のつまづき:本質主義の問題

反文化相対主義の立場から普遍主義の復活が叫ばれるようになる。特に決定的であったのは文化相対主義があくまでも相対主義であり続けるためには、自文化主義であろうが、人種主義であろうが、己を相容れない立場であろうと相手の立場を尊重する態度を崩せないことであった。そこで偽りの文化相対主義(本質主義)が生まれた。

本質主義とは「イスラームや日本文化のカテゴリーにあたかも(カマキリやノウサギ)などの自然種のような全体的で固定された同一性があることを暗黙の前提としている。

異なる人間集団の関係が異なる動物間の関係と同じであるはずがない。しかし、こういう常識が半ば忘れ去られた中で、本質主義の考え方が民族誌を書くという段階になると科学的客観主義という名の下に平然とまかり通るようになる。

4、アイデンティティの政治をめぐって:先住民運動と本質主義批判からの教訓


第3章 人類学的実践と共同へ

フィールドワークと先住民

1、はじめに:オリエンタリズム批判、本質主義批判とフィールドワーク

「調べる側・書く側」が用意した選択肢・書かされた回答・語られた話によって「調べられる側・書かされる側」が学術制度そのものとして位置づけられる力である。人類学の場合「西洋」が「非西洋」を、両者の不均衡とその維持の文脈で、「異文化」として描いてきたからこそ批判は厳しくなる。

2、フィールドの人々
フィンランド「サーミ人」の例

■サンモランティの家族(両親と子ども7人)
・サーミ語を話すものは少ししかいない。母国語はフィン語

■熊ヨウニの家族(老夫婦のみ)
・「水岸の人」・・・テノ川の岸辺に定住して、鮭漁を主とする
・考えられないほど自給自足に近い生活
・TVもラジオもない夜の時間は、木工細工などの手工芸をしている
・トナカイを飼育している
・サーミ語を使う

■キルスティの家族(未亡人とその親、子どものいる家族)
・「水岸の人」であるが、祖父はトナカイ組合のリーダーであり、キルスティ自信も評議員。手工芸の達人でもあり、メディアで活躍している。

■アスラックアンティの家族(両親と子ども3人)
・「山の上の人」・・・トナカイの放牧を稼業としている
・水岸の人だけがサーミ人ではないと主張する
・サーミを代表する芸術家「ヴァルケアパー」を紹介してくれる

ニルス・アスラク・ヴァルケアパー
(Nils Aslak Valkeapää, 1943-2001)

Valkeapaa_Nils_Aslak.jpgサーミの詩人。戦争を経験した、あるサーミ人の人生を介して北方先住民族サーミ人全体の過去を物語った詩集『わが父なる太陽』(Beaivi Áhcázan, 1988)を著し、サーミを代表する詩人となる。また、1991年に北欧閣僚評議会文学賞を受賞するなど、国際的に高い評価を得ている。その他に、サーミ地方に持ち込まれた多くの問題を取り挙げながら、サーミ人の伝統文化の行方を危惧した小冊子『ラップランド便り』(Terveisiä Lapista, 1971)などがある。
1994年、リレハンメルオリンピックの開会式にトナカイと共に登場してヨイク(冬の競争)を歌ったことで有名になった。


3、フィールドワークする人々

手工芸コースに通ってサーミ文化を自分の手におくこと、また「民族誌」的写真を再撮影して、自分のいなかった時代のサーミ文化を自分の手に入れること、これらの熊ヨウニの振る舞いは、どこか「サルベージ」(救済・回収)や本質主義として批判される人類学の営みと似ている。しかし、決してオリエンタリズム批判や本質主義批判の対象となるものではない。

第4章 民族文化としての採集狩猟活動

イヌイトの事例から

1、はじめに

植生の乏しい極北地域に住むイヌイトは、主として陸・海獣の狩猟を漁労としていた。しかし、1960年以降、先住民の間にいわゆる「近代化」が浸透するにつれ、加工食品を安易に入手でき、生きるための採集狩猟活動の必要性が次第に減少し、現在では店で購入する食料と生活物資に依存するようになっている。

2生業活動

生業活動の5つの要素
1、入手・・・生活に必要な物資を獲得する
2、処理・・・物資を使える形にする
3、消費・・・獲得した物資を食べたり、使ったりする
4、廃棄・・・不要に鳴ったものを処分する(考古学記録に役立つ)
5、社会関係・・・獲得と人間の社会的な関係をめぐる儀礼など

第5の要素が生業活動に含まれる背景には、イヌイトを事例にした場合、人間とそのほかの動物の関係は人間を頂点とするヒエラルキーではない。例外はあるものの、人間と動物は対等な存在であり、それぞれの世界において生活をしてるという考え方である。

<例1>
あざらしを取る→肝臓を取り出してみなで分ける(アザラシが自分の所に来てくれたことを喜ぶ儀式)→女が真水をアザラシの死体に飲ませてお礼を言う→全部残すところをなく食べる

<例2>
カリブーを獲る→病気があった→毛皮をはいで石塚に入れる→狼などが遺体を冒涜しないように埋葬する

3、イヌイト社会の伝統的な生業活動

アザラシ猟・カリブー猟・捕鯨・漁労

4、現代のイヌイトの生業活動

カナダ政府の定住政策により、イヌイトが定住村で生活するようになると、生業活動は大きく様変わりした。スノーモビルや船外機つき舟という機械化、高性能ライフルの装備によって、生業活動の季節性と対象の獲物に変化がおきている。

■生業活動の意義が変化する

生命を維持するために必要だった伝統的な生業活動の必要性が薄れ、時間をもてあましている若者のレクリエーションの一種になる。

■アザラシ猟とエスニック・アイデンティティ

自然保護を主眼とする1950年台の運動が1970年代に動物の権利保護にすりかえられた。グリンピースや国際動物福祉基金など国際的な動物保護団体がアザラシ猟がいかに残酷であるかを強調し、全面禁止運動をする。
アザラシの毛皮が取れなくなる→スノーモビルの燃料が買えない→イヌイトのほかの猟も出来なくなる→文化の崩壊

■イヌイトにしか出来ないアザラシ猟

4000年来食べてきたアザラシ猟には、長年の勘とマイナス50度にもなる極寒の地でアザラシが呼吸穴にハナを出す一瞬の行為を判断する難しいものである。

■若者の狩猟活動

テレビによる欧米化に伴いイヌイトの伝統的な文化活動への関心が薄れている。しかし現実とのギャップのためにストレスを感じ、それを紛らわせるために猟に出かけるという報告もされている。今のイヌイトでは狩猟はレクリエーションとなり、レジャー化している。

5、考察

狩をしなくても店で品物は買える。じゃあなぜ猟をするかというと、犬ぞり→スノーモービル、モリ→ライフルに代わっても自分たちは狩猟民族「イヌイト」であると言う意識を持っている。

民族文化としてのトナカイ飼育

サーミの事例から

1、はじめに:リレハンメル・オリンピックとチェルノブイリ原発事故

■ニスルアスラック・ヴァルケアパー(1943~2001)
Valkeapaa_Nils_Aslak.jpg彼はサーミを代表するヨイク(サーミを代表する伝統歌謡)をリレハンメルオリンピックの開会式で歌った。

オリンピックに先立って、ヴァルケアパーはヨイク集「太陽・私の父親」を発表し、サーミの文学作品としては始めての北欧評議会の文学賞を受賞した。この作品には100年もの前の古い写真が収められている。彼が自分のヨイク集と並べて大量に収録しようとした意味は「現代のサーミも祖先たちと同じように自然と共に生きている」のだということである。

■第13回北欧サーミ会議より
・私たちはエコシステムの一部である。私たちの伝統文化はどのようにすれば自然を消耗することなく利用することが出来るかを教えてくれている。私たちの文化はいまもって生きている文化であり、それによって私たちはさまざまな自然の条件への適応をすることができる。そこからは私たちがこれからも生存し続けていくための新たな知識を吸い上げることも出来る。

■サーミ研究所所長アイキオの言葉
(サーミの生活や文化の中心にトナカイ飼育があることを強調したうえで)1986年のチェルノブイリ原発事故で、サーミランドの自然は大きな打撃を受けた。しかし、トナカイ飼育のための環境が破壊されたのははじめてではない。伐採による森林の消滅・ダム建設・環境事業の大規模化・大気汚染などサーミの人々はすでに深刻な打撃を受けている。

2、ギリギリの生業としてのトナカイ飼育

トナカイは寒冷地には適合した飼育方法だといわれることが多い。しかし、数年に一度、暖冬のため放牧地の表面が溶け、再び凍りついたときにコケが取れなくてトナカイの数は激減する。飼っているトナカイの約半数が死亡する。

確かにトナカイ元に出かける手段もそりからスノーモービルに変化した。しかしトナカイの飼育環境は基本的に変わっておらず、自然の条件に左右される厳しい生業である。サーミの民族政治家アイキオがトナカイ飼育を「自然と共に生きる」と主張するのはこういう理由である。

3、トナカイ飼育サーミの声(3つの映像)

1、トナカイ3000頭、北極圏へ(1980年)
「いつもの年より多くのトナカイを失いました。もし健康を損ねたらこの暮らしはやめざるを得ません・・」

2、極北ラップ幻想紀行 フジテレビ(1995年)
「北欧諸国で先住民としての獲得してきたさまざまな権利がEUという枠組みの中でどうなるか不安だ・・。すべてのことが不安定で、これからのことは何もわからない。息子が後をついでくれると言う。気持ちは嬉しいがこの先、この仕事もどうなることやら・・」

3、サーミのトナカイ放牧(サーミが作った番組 2003年)
トナカイ放牧をやめることはたやすいが私は辞めたいとは思わない。この仕事は大きなお金にはならないが、この仕事は私の一部になっている。子どもたちについでもらいたいとはいえないが、子どもたちの中にもトナカイ放牧の血が埋め込まれている。




第6章 野生の化学と近代科学:先住民の知識

1、はじめに

カナダ極北圏の先住民、カナダ・イヌイトは「極北の科学者」と呼ばれる。それまでは未開の野蛮な知識として軽視されてきたが、近年の研究により「伝統的な生態学知識」と呼ばれ、近代科学と対等な知的所産として認められるようになった。

2、「イヌア」のルート・メタファー:イヌイトの知識のパラダイム
イヌアとは、従来は「精霊」と解釈され、非合理的な宗教的概念を言う

■世界理解のためのルート・メタファー(パラダイム)
・客人としての動物
・人間ではない人物としての動物
(例)カリブーのイヌア、ホッキョクグマのイヌア

■従来の解釈
「精霊」アニミズム的信仰(不合理な虚構)←合理性や経験実証性という欧米近代の価値観から来る(科学VS非科学(宗教・神話・迷信)

■イヌアに基づく世界観

・万物の擬人化
・様々な動物種=社会集団(社会内関係)
同族ごとに社会を形成して人間と同じような社会生活を営んでいるという考え
・動物種間の関係=社会間関係
排他的な敵対関係や互酬的関係など
・世界=巨大な社会空間
・世界で生じる様々な現象=社会関係
社会内関係と社会内関係の複合的な動態
「野生の科学」に基ずく「具体の科学」

■先住民の知識
生命体(人間を含む)相互関係と生命体との環境関係に関する累縮された知識と実践と信念の総体であり、適応の過程で発達し、文化的な伝達によって世代を超えて伝えられる。

<近代科学の世界観>二元論的世界観
自然VS人間、自然VS社会、身体VS精神、
これはユダヤ・キリスト教及びデカルトの思想

<イヌイトの世界観>一元論的世界観
自我と人間を切り離さずに同一の一体的な全体として捉える

■イヌアの社会関係の例
<敵対関係>
ジャコウウシ社会VSカリブー社会
一方の社会が進出した地域からもう一方の社会は撤退

<互酬的な同盟関係>
人間社会:アザラシ社会の再生産に助力
・タブーを守ることによってアザラシに敬意を払う
・客人としてもてなし、海に送る
アザラシ社会:人間社会の反映に協力
人間に肉や毛を提供

3、知識をめぐる抗争:伝統的な生態学的知識をめぐる問題系

■様々な共同管理制度の実現
1,975年 「ジェームス湾及び北ケベックにおける狩猟・漁労・罠猟の管理制度」
1982年 「ビヴァリーとカミノカフ、カリブー管理制度」
1986年 「イヌヴィアルイト野生生物捕獲及び管理制度」
1986年 「カナダ・ポーキ=パイン、カリブー管理制度
1998年 「ヌナヴト野生生物管理制度」

<共同管理制度の概念>
政府と先住民との対等な発言権の確保→委員会構成(均等な数の政府代表と先住民代表)
意思決定の根拠=近代科学+イヌイトの知識
「我々(カナダ政府)の任務は伝統的な知識と科学を統合することである」

4、進展しない統合
・具体案なし
・近代科学の一極支配の持続=近代科学だけが正統性の根拠

■科学者とイヌイト間の潜在的対立

科学者:先住民が知識の重要性を強調するのは、先住民が里境管理の主導権を奪取するための政治的戦略か?
先住民:先住民の知識の尊重と言うのは口だけ。単なるリップサービスだ

4、近代科学と野生の科学:戦略と戦術のイデオロギー
戦略と戦術 ミシェル・セルトーの議論から

近代科学=戦略のイデオロギー
環境全体を対象として一挙に把握する立場から見渡してコントロール(シュミレーション)→「自然:人間」の二元論。環境管理、環境開発

いぬいとの知識=戦術のイデオロギー
環境全体を対象化することもコントロールすることもあらかじめ計画を立てることも出来ず、環境に翻弄されたまま、その中に一瞬現れる機会を巧みに利用しながら臨機応変にうまくやるやり方
格闘技の「柔よく剛を制す」→一元論世界観

■イホマ(分別・賢明=大人の資質)
・一般化の保留
・仮説に基づくむやみな推進の保留
・未来予測の保留(物語や逸話としての戦術の強調)
・線楽的知識の排除(イホマなき子どもの思想)
イホマある大人とは「柔よく剛を制す戦術の使い手」

■注意点
1、イヌイとも科学的(戦略的)な視点に基づいて利用する
近代科学も戦術的な部分もある
このことから協約不可能ではない

2、政治的背景
イヌイトの知識
(×)近代社会になりそこなった「未開の科学」
(×)近代社会とは異なる「もうひとつの科学」
(○)野生の環境のただ中に甘えてとどまろうとする「野生の科学」
(○)近代科学に対抗する「野生の科学」
近代科学
(○)野生の環境を飼いならす「飼育する科学」




第7章 ロシア極東地域における先住民企業の生き残り戦略

シベリアは太鼓からロシアの領土であったわけではない。

1、はじめに

シベリア先住民問題の根源
1、帝政ロシア支配以前の歴史に根ざす問題
2、帝政ロシアによる征服と収奪の歴史に根ざす問題
3、1917年以降の社会主義体制に根ざす問題
4、1992年以降のソ連崩壊後の混乱に起因する問題

2、社会主義と北方先住民族

ソ連は成立した当初から先住民を「遅れた文化を持つ人々」と認識していた。ソ連はマルクスとエンゲルスによって提唱された史的唯物論に基づく、人類社会の発展段階論を信奉していた。それらは人道主義的・理想主義的ではあったが、同時に強権的かつ形式的でもあった。

ソ連の都市型村落(バショーラク)の必須インクラ
・ロシア式の暖房施設(ペチカ)を備えた木造住宅
・初等、中等教育のための学校
・公民館やクラブ・博物館・図書館などの文化施設
・商店・市場・パン工場
・電気・ガソリン・灯油などのエネルギー供給
・郵便・電信・電話などの通信網

上記のような建設的な施策と同時に、反対する人々を弾圧していった。
・旧来の権力構造を解体するために、人々を富農・中農・貧農といった社会階層に分け撲滅を図る
・反宗教キャンペーンと名をつけたシャマニズムの弾圧
(このとき一番弾圧されたのは、実はソ連が上の施設などで育成したエリートが多い。闇から闇に葬られた=やらせあり)

3、ペレストロイカ期の先住民運動

コルホース(集団農場)ゴスプロムホース(国営企業)

■先住民が抱える2つの問題
1、鉱工業優先の開発政策(トナカイ飼育の土地を奪い汚染)
2、国有文化振興政策の形骸化(学校が統廃合され、子供は寄宿舎に入り固有言語教育が親から受け継がれなくなった)

4、ポスト社会主義時代のおける先住民系企業の挑戦

■モスクワでの混乱が北方先住民の生活と経済を直撃した理由

・ソ連時代に国家の経済政策の一翼を担う
・そのために国家の経済政策に従う
・ソ連崩壊と計画経済の廃止
・市場原理の導入
・混乱の他方への波及
・先住民主体の国営企業の破綻
・現金収入への道が絶たれる

■ビギン川のウデヘの民族企業がロシアの経済危機を乗り越えてきた理由

・林業部門売り上げで他の部分の赤字を補填
・クロテンの毛皮を維持
・少数民族復権運動と伝統的自然利用領域の確保
・エコツアーや山菜、薬草類生産も行う多角経営
・日本や欧米のNGO・NPOの支援

ウデヘの民族企業が抱える諸問題

・企業内での利益分配システムの不備
・両氏の後継者不足
・ロシア内外の他の企業との競争
・地方政府内にくすぶる開発優先の政策
・他方に蔓延する闇経済の誘惑
・モスクワからの政治的統制の強化

5、ポスト社会主義社会を生きる先住民を研究するには

・社会主義経験を持つ先住民たちの民族誌
・そのような民族誌や論文を書くために欠かせない知見、視点
a)マルクス主義に関する基礎的な知識
b)旧ソ連の基本的な国家理念に関する知識
c)社会主義体制の生成から崩壊までの過程
d)先住民社会の変化をc)と結びつける視点
・歴史認識の再検討





第8章 先住民社会の変化と女性

1、ジャンダーの視覚の誕生と展開

西洋において、宗教的権威が明確であった時代には、男性が世界の中心であり、女性がそれに従うのは自明とされていた。それこそが神の示した道であり、疑問を抱くものもなく、男性が優位であることを強調する必要もなかった。

しかき中世の終わりに宗教的権威が弱まり、その結果として男性が優位であることを改めて説明する論理が必要になった。キリスト教に代替するような性差のある説明が必要になってきたのである。

男女差が生物学的決定論の研究が積み重なられると、われわれの価値観にも影響を及ぼしてきた。このような生物学的決定論に疑問を持ち、異議申し立てを行ったのがフェミニズムである。ここからジェンダーという視角が生まれてくる。

身体的性差→生物学的決定論←(批判)フェミニズム、社会的性差

■第二次世界大戦後のアメリカ
フェミニズム運動が盛り上がりを見せる。それまでは学問の世界では大多数は男性であり、研究対象としての「人間」は男性を指していた。
そこで女性に関する諸事実についての知識を補うことが指摘された。これが「女性学」である。
するとこれまで人間として公的社会領域としてのみ扱われてきた男性が指摘領域を無視されていたと主張し「男性学」がうまれた。(メンズリブ)

フェミニズム人類学とジェンダー研究

「人間」というと男性を中心に扱ってきたのは文化人類学においても同じだった。しかし、婚姻・家族関係を考察する折には女性の存在は無視できない。だが、その扱い方はあくまで男性から男性へ交換されるための客体であり、女性を主体的な存在として観察されることも記述されることもなかった。

フェミニズム文化人類学は調査の焦点を女性にあてた。しかし、女性の記述を豊かにしていくことだけでは「みえなさ」は解決しない。

男性は、社会の主流であり、彼らが主流となる理論的枠組みを統制し、支配する権利を持っている。その中にあって、女性が主張するとすれば、主流社会の理論的枠組みの中で行わなければならない。それでは女性の声は弱者少数者の声であり続ける。
女性の声が政党に聞かれるようにするには、文化人類学の理論そのものを再構築しなければならない

<問題点>
・女性だからといって女性がわかると言い切れるか
・女性文化人類学者は男性文化人類学者と異なった世界に対する見方をするか

■フェミニズム=抑圧の解放・平等化
■ジェンダー人類学=女性への視点・私的空間への注目

ジェンダー枠組みの変化(例)ヨルング社会

1)婚姻

イトコを妻に出来る制度を持つ一夫多妻制(「義理の母の贈与」)
・理由1、婚姻規則を守る
・理由2、妻の数を保証
・理由3、妻の年齢が若くなる(女が生まれて20年後に自分の妻になる約束が出来ているから)

現在は、一夫一婦制が奨励され、一夫多妻制を持つものでも多くて3人ほどの妻しか持たない。年齢差も縮小した。しかし、厳密な意味での婚姻規則に外れる結婚や未婚のまま子を産む女性が増えた。

2)市場経済

市場経済では、以前女性は狩をする夫に付随するものであった。しかし
食料のほとんどを市場で買う生活になり、いっぱつ当たれば大きい狩より民芸品を作る女性の経済力のほうが大きくなる。

また、男性は成人するまでに学校を離れて遠隔地で儀式を行う儀礼があることから、高等教育を受けるのは女性が圧倒的に多い。専門職や資格職も女性が多くなっている。

3)神話と女性

男性が儀礼に関する全ての権利を持っている。しかし女性はそれを知らないわけではない。最近は神話儀礼(門外不出)に関する絵を描く女性も出てきた。

しかし彼女らは「これは神話ではない。男性の許可があって書いているだけ」という。ジェンダーの壁を壊すことを避けている。知っているが知らないフリをしている

歴史的なジェンダー視線の欠如

結婚にたいして決定権を持つのは男性である。女性に決定権はない。しかし、男性も本人に決定権があるわけではない。みな親族が結婚相手を決める。

第9章 アフリカの焼畑と混作 在来農法の語られ方

1、はじめに

一般的に、アフリカで先住民という言葉がさすのは「ブッシュマン」や「ピグミー」などの狩猟採集民と、遊動活動を営む遊牧民である。

2、焼畑と混作

■焼畑の定義
火入れなどで整地した土地に、短期間作物を栽培した後、畑地を長期間放置して自然の植生で地力を回復させ再利用する方法

■混作の定義
ひとつの畑に複数の作物を植えつける方法

3、カメルーン東南部における焼畑の事例

一次林・・・それまでに畑地として利用されたことのない森林
(整地するのに時間がかかるが土地が肥えている)
二次林・・・畑地として利用されたことのある森林
伐採作業は男女ともに関わるが、それ以外の農作業は全て女性が担う

4、焼畑・混作の生産性と持続性

■焼畑の生産性に対する評価

否定的評価の論拠
・アフリカは人口が増加するのに需給率が低いのは、集約性の少ない焼畑をしているせいである
・焼畑は世界の森林破壊の元である

肯定的評価の論拠
・土地を焼くことは土地を活性化させるために必要である
・森林破壊は商業用材伐採が主原因
・焼畑は生態学的に環境適応的である

■混作の評価
・高さや形状が異なる作物を植えることで空調や日光を有効利用できる
・作物によって必要な養分が違うので、土壌の栄養分を有効利用できる
・異なる作物が障壁になるので病虫害が広がりにくい
・植え付けの時期が異なるので労働力が分散される
・長期間作物が存在することで、雨や太陽から土壌が保護される

■焼畑の分類
伝統的・・・長期の休閑期間(環境適応)
準伝統的・・・休閑期間の短縮(環境劣化)
非伝統的・・・土地の使い捨て(環境破壊)

5、いきざまとしての焼畑・混作

単作の世界では、1つの種子からどれだけの収穫があるかが一番の問題である。しかしクムの村では、多様な土地にそれぞれ見合った作物を植え付け、その全てが育つことがよしとされる。
そこでは人が植えた作物対雑草という対立は見られない。そもそも雑草
とは人間の好悪と植生の人為的によって位置づけられる連続的な概念である。
人間は自然を一方的に「管理する」存在ではない。アフリカの焼畑農耕においては必ずしも「管理」という言葉では語りきれない。

第10章 メディアと先住民:表象する側とされる側

メデイアと先住民:表彰する側とされる側

1、先住民と新聞:カナダとグリーンランドの事例から

■カナダの主流社会の新聞

<グローブ・アンド・メール紙>
・特に先住民に好意的なわけではない(中立的)
・国内外の記事に力を入れており、先住民の記事は少ない
・先住民の問題よりも、ヒーリングやスピリチュアル的な記事が目立つ

<ナショナル・ポスト紙>
・先住民に対して批判的な記事を掲載することが多い
・先住民を甘やかしているものだという意見が多い
(この姿勢は19Cの植民地的な姿勢そのものである)

■先住民が主催する新聞(ともに英語で書かれている)

<ウインドスピーカー>
・政府の補助金を断った背景から自由で不偏不党の方針を掲げる。
・告発や抗議ではなく、他の報道で先住民に対する目に余る報道を指摘する程度でとどめている。(先住民のアイデンティティを維持することを重視)

<ネイティヴ・ジャーナル紙>
・先住民にとって明るい報道で紙面を構成している
(主流社会に統合していくことが先住民の歩む道だという方針)

■グリーンランドの事例(イヌイト語とデンマーク語で書かれている)

<アトゥガッグリウト紙>
デンマークによるグリーンランドの「近代化」のため侵食されていくイヌイト文化と言語を継承する使命感を持った人々に創刊された。現在もグリーンランド(国内)報道を相対的に重視する

<セルミツィアック紙>
デンマークの国内政治経済の報道に重点を置いている

3、先住民と博物館:カナダとデンマークの比較考察

■コペンハーゲンのデンマーク国立博物館
イヌイトホールでは数千点の民俗資料が所狭しと並べられている。採取地や年代の説明もなく専門家でも迷うほど。
グリーンランドでは平和的な関係が継承されている背景があり、イヌイとからの抗議がないので、その結果イヌイトとの共同作業のない、旧態依然とした展示が今も続いている

■カナダ国立文明博物館
石器時代の生活を今でもイヌイトが営んでいるような展示があったので先住民が抗議をした。
このような要求が実を結び、学芸員が先住民と手を結び新しい展示は
・先住民の歴史的変遷
・ヨーロッパ人の浸出とその影響
・不平等条約
・強制移住や指定居住地の様子
・先住民の現状と直面している課題に対する写真と説明
がある

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Mikami Kako

Author:Mikami Kako

おことわり

保育士・図書館司書に関しては、旧システムによるものなので、現在のもの科目編成や内容にずれがあります。放大についても閉講科目が含まれます

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