第1章 比較文化としての若者

はじめに

比較文化研究とはいくつかの社会を比較することによって、複数の文化圏の類似と
差異を論ずる学問である。
利点は、自己の文化と異なる文化に接することによって、自民族中心のものの見方や
価値観から脱し、自己反省と寛容の精神で異文化を考察し、同時に自己の文化を
見直すことが出来ることである。

1、なぜ若者を研究対象とするのか

1970年代以降日本をはじめとする先進諸国では高学歴化が進み、20歳を過ぎても
学校教育にとどまることが多くなった。
労働市場へ参入する時期が遅くなり、経済的自立の時期が延期されて、モラトリアム期は限られた階層の現象ではなくなった。
さらに晩婚化・非婚化など結婚行動の変化が加わった結果、最終的に親の保護から離脱
して「おとな」としての自立性を獲得する時期がますます遅くなっている。
このような青年期と成人期の間をポスト青年期と名づける。


2、青年期とはどのようなステージか

社会学的には、青年期は近代化・工業化の枠組みの中で登場した。
前工業化社会においては8歳~15歳で児童期は終わり、その後成人として働いた。
その後若い世代に教育を通じて知識や技能を教えることが必要となった。
つまり社会的訓練が出来ていない子供と、社会的訓練が充分にされている大人との
間の時期が「青年期」というカテゴリーで定義された。

日本で本格的に青年期が定着したのは1880年ごろである。この時期旧制高校という
エリートの世界で、労働を免除されて学校にとどまる時期として登場した。


3、成人期の定義と変化する実態

慣習による成年や法的な成年(日本では二十歳)は実際の社会通年とは大きくずれている。年齢としては30歳~65歳までを成人とみなす社会が増えている。

<一人前の条件>
選挙権・労働の諸権利・社会保障の諸権利などを実際に獲得するだけでなく、実際に
行使する地位を得た状態を言う

4、長期化する「成人期への移行」の時期

<エリクソンの人生の8段階>(1950年)

1、乳児期・・・・基本的信頼対基本的不信(希望)
2、幼児期初期・・・自立性対恥・疑惑(意思)
3、遊技機・・・自立性対罪悪感(目的)
4、学童期・・・勤勉性対劣等感(有能)
5、青年期・・・アイデンティティ対アイデンティティの拡散(忠誠)
6、若い青年期・・・親密対孤立(愛)
7、成人期・・・世代性対停滞(世話)
8、老年期・・・統合対絶望・嫌悪(知恵)

<ダニエル・レヴィンソン>(1978年)

青年期に続く成人前期は
①成人への過渡期(17~22歳)
②大人の世界に入る時期(22~28歳)
③30歳の過渡期(28~33歳)
④一家を構える時期(33~40歳)とした。

現代ではライフコースの多様化が進み、レヴィンソンの言う成人への過渡期はもはや
成り立たないという節もある。


5、ポスト青年期の出現

エリクソンは1950年~60年代に青年期の心理的特徴を「モラトリアム心理」
と表現した。

①社会的自己の選択の回避と際限ない延期
②過剰な自意識、全能で無限の自分
③一時的で暫定的なものとしての体験
④時間的な見通しの喪失、生活全体の緩慢化・無気力化
⑤人との密接なかかわりの回避
⑥組織への帰属に対する恐れ
⑦既存社会に飲み込まれることへの不安

<日本のモラトリアム理論>

小比木啓吾「モラトリアム人間の時代」(1977年)

・子供期と青年期・成人期の境界が不明確化している
・青年期の延長、モラトリアムを許容する社会への若者の甘え
がある。
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第二章 人類史の中の「若者」(1)

1先史学(考古学)の知見から何が見えてくるか

資料から縄文期は女性より男性のほうが平均寿命が高かったと推定できる。女性の場合出産で亡くなる人が多かったのではないか、また成人に達しない男性の遺骨は古人骨として残らない埋葬の仕方だったのではないか・・などと推察される。

2.人間の一生:文化人類学の民族誌からの知見

●社会における人生の段階区分(詳しくは次章)

Ⅰ型社会・・個人の年齢や状況によって段階を区別する社会
Ⅱ型社会・・個人の能力によって段階を区別する社会
(近代国家になるほど男と女の差はなくなる)

3、文化人類学における若者の研究

●マーガレット・ミードによるサモア人研究

1920年代の米国では、米国社会の白人、中流階層の間でみられる思春期の現象(疾風怒濤)が人類に普遍的であるという思い込みがあった。これに対してミードは思春期には生物としての共通性のほかに、社会的文化的な多様性が存在するという大きな問題定義をしたのである。

(例)サモアでは性感情が特定の個人に特殊化されないこと、性・妊娠・出生・死などが子供に隠されていないこと。子供達はよく知らない性に関してくよくよしたり悩んだりする必要がない。

そこで「生理的成熟期」と「社会的成熟期」は必ずしも重なり合わないと主張した。

4、日本民俗学のみた日本社会の若者

日本民俗学という研究分野を作った柳田国男は通過儀礼に関し日本国内の色々な地方にある習俗を断片的に記述し、その背後に日本人の生命感や成長観があると考えてそれを探ろうとした。

19C末から1945年ごろまでの日本社会の経験は、「貴族・士族・平民」などによる社会階級の差や、親や本人の職業による差、地域(農村/漁村/都市)による差、出生順位(跡取りかそうでないか)による差があり、さらにその全てにおいてジェンダー差が見られていたと考えられる。



第三章 人類史の中の若者(2)

1.国民国家の形成と若者

<国民国家の形成と変化>

・学校制度(資格の重視)
・兵役
・納税(男性がより多く納税する)
・選挙権(女性の参政権の遅れ)
・福祉政策(児童手当・高齢者年金)

<若者の内面を描いた著名な著書>

・ゲーテ「若きヴェルテルの悩み」「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」
・ケラー「緑のハインリヒ」
・トーマス・マン「魔の山」
・ヘッセ「ペーター・カーメンツイント」
・フィールッディング「トム・ジョーンズ」
・ディケンズ「デビット・コパーフィールド」
・ロマン・ロラン「ジャン=クリストフ」
・阿部次郎「三太郎の日記」
・下村湖人「次郎物語」
・林芙美子「放浪記」
・野上弥生子「真知子」
などがあるが圧倒的に男性の若者を描いた作品が多い。

<国連における若者の定義>
15歳~24歳

<日本の人口構成における若者のあり方の変化>

1935年から比べると徐々に減少し、2000年には全体の6%に
なってきている。相対的に若者の経験や意思が社会に方針に反映されず、若者が過剰に若者だけの閉鎖的な社会文化的空間を形成するようになっている現状を打破し、持続可能な地球社会を構築する必要性の表れであるといえよう。

2、20世紀前半ー中葉の地球社会の多様性

<カショーゴティネの若者>(1960年代)
カショーゴティネ…カナダ極北のヘアーインディアン

・一人前になる基準(男性の場合)

小さなリスなどは7歳ぐらいから獲るが、大きなムース(大鹿)やカリブ(トナカイ)を自分の力で鉄砲で射止められることが出来ると一人前をみなされる。動物を射止めるには動物の守り神のお告げが必要なので
10歳ぐらいの冬に食べず・眠らず幻想を求めて苦行する。そして自分の守護霊を知る。

・一人前になる基準(女性の場合)

初潮があること。男性の獲ってきた獲物を加工する技術をしっかりみにつけること

・結婚について

男性はポンと獲物をしとめればいいが、女性は30日間もかけて皮をなめす必要があるので、ちゃんとした仕事が出来るのは22、3歳ごろになる。男性の獲物獲得初期年齢は15歳前後なので、15歳の男性と22さいの女性が結婚するケースが通常。

ただ、結婚したから一人前と言うわけではない。経済的な能力だけで評価される。例えば獲物を何匹もし止める能力のある男性は、それをなめす女性が沢山必要なので複数の女性と結婚する。また、何枚も皮をなめす能力のある女性に複数の男性がつくこともある。

女性は子供が産めないと一人前とはみなされない。それは子供が笑った・踊ったという以外に娯楽のない社会だからである。
能力主義社会なので、男性は特に動きが遅く生活能力のない場合は置き去りにされる。

・死について

年を取り、いよいよ動けなくなったらキャンプの時に自分からおいていってほしいと頼む。そしてわずかな食料と水だけを与えられ、その場に置き去りにされる。春になるとキャンプから戻ってきた若者は遺体を見る。雪解けを待ってその遺体を埋葬する仕組みになっている。
このような死に方は崇高なものとされ、生き残ったものにも救いとなる。

若者も簡単に死を選ぶ。自分が病気などで一人前の生活が出来ないと判断すると自ら死を選ぶ。このように弱い人間はすぐ死を選ぶように小さい頃からしつけられている。死のうと思えばいつでも死ねる。生きることを選ぶのも自分の責任だし、死ぬことを選ぶのも自分の責任である。そういう感覚で生きているので自分しか自分を救う人はいないと信じている。

男女関係もお互いにめんどくさいと思えばいつでもよそへ行って暮らすことが出来る。一般的に死亡率が高いので後家さんや男やもめがいっぱいいるが、適当にくっついてる。お腹を痛めた子を育てなければならないという概念がないので、もらったりあげたりして育てる。子供も5歳ぐらいになってそこが気に入らなければ好きなところへ行って暮らしてもよいとされている。

<人類史における若者>

・年齢別人口構成/平均寿命   生物としてのヒト
・生業のあり方         変化をもつ人間
・社会経済階層の分化の仕方
・性/ジェンダー/エスニティ




第4章 イヌイトの「若者」:「伝統」時代

本論に入る前に注意すること

①「伝統」と言う名前のニュアンス。伝統というと太古の時代から生活と文化が変化せず受け継がれてきたと誤解されるが、イヌイトの文化と社会は「自然環境の変化」「他の集団との交渉」などによって刻一刻と変化していることを認識する必要がある。

②日本の数十倍の広さに及ぶ極北地帯に住むイヌイトはそれぞれの地域に適した文化と社会を営んできたので、地域間の伝統が多様である。

1.イヌイトの伝統生活と文化

・男性の家長を中心とした家族単位で自主的に行動した。
・結婚に関しては親が相手を決めるのが一般的
(男性は一人前のハンターになる16から18歳、女性は初潮から16歳の適齢期になると結婚して、3、4年で初産を迎える。

<個人間に結ばれたパートナー>

・住んでいる生活領域で互いに獲物を交換する「交易パートナー」
・同じ名前をもつことを契機とする「名前パートナー」
・冗談をかわす「ジョーク・パートナー」

<パーチ>(共婚:一時的夫婦交換)

2組の夫婦の間で配偶者が一時的に交換される制度。この間に生まれた子どもはどちらかが実子として育て、本来の夫婦の子供とも兄弟となり、両組の間に
相互援助の義務が生じる。

2.伝統イヌイト社会の青少年

子供は5~6歳になるまでしかられることなく自由奔放に育てられる。
その理由はイヌイトの社会では名前には擬似人格の「イヌア」が宿ると信じられており、代代伝わる名前のそうした「人格」、もしくは「名誉」も命名されて赤ん坊に伝わっていくと考えられてきた。

この考え方では赤ん坊は生まれたときから精神的に一人前であるので、周りは子供を育てると言うより「見守る」に近いことになる。成長して向き・不向き、長所・短所が現れるのを待って、その子の天性に適した生き方にしむけるのが回りの人の指名だとされていた。

<成長段階>

子供  赤ん坊~幼児 0~12歳前後
大人  青年 12~16歳/18歳  肉体的に大人だがまだ未熟
                     (半人前)
    大人 16/18歳~  婚姻・自分の家族を持つ→一人前になる

<ジェンダー・ロール>

男が狩をするから偉いという考えについて

イヌイトでは人間と動物は相互依存関係にある。動物は女性を慕って現れ、
しとめられることによって元の世界に帰り、また再生する。再生とは女性であるから、ハンターの成功の鍵は女性が握っている。

<空間のジェンダー化>

上記の例のように、ジェンダー論者の中には先入観を持って書かれる場合が多い。民俗誌資料を使うとき、それを表す研究者のジェンダーバイアスが入っていることを認識しなければ、イヌイト社会に対してゆがんだ見方を持つ危険がある。
「パーチ」を「妻貸し」と言い、女性が犠牲者であると言うイメージは、その社会というより報告書に基づいた架空の描写である。民俗誌を利用うする場合注意が必要だ。
            

第5章 イヌイトの「若者」:現状

4000年前:イヌイトが北アメリカ大陸北極圏へ
16C~19C:欧米人の北極圏への進出
     (探検家・捕鯨者・毛皮・貿易者・キリスト教師)
1880年~1960年:全寮制学校の強制就学→民族文化と言語の危機
1950年~:カナダ極北圏のイヌイトの国民化政策→定住生活文明化
1999年:ヌナプト準州立樹立

1、現代のイヌイト青少年

●「ティーンエイジャー」の創出
伝統時代の年齢層は、自立していない子ども、一人前のおとなと老人と大きく3つに認識されていた。しかし1960年以降の定住化に伴い、それまでになかった10代の青少年という新しい年齢層が出現した。

●学校教育
1980年代のカナダの調査会では、イヌイトの子どもは全寮制の学校で性的・肉体的及び精神的な虐待を受けていたことがわかった。それは今尚続いている。
こうした虐待の心的外傷を癒すため、アルコールや麻薬におぼれ、挙句の果てに自殺する若者が多い。さらに深刻なことには、虐待を受けた青少年が長じて、自分の配偶者や子どもを虐待するといった悪循環が現代のイヌイト社会で問題になっている。

●食生活
伝統時代は炭水化物が一日約10グラム程度であったが、加工品が増え
女性の場合は運動不足に加えて、伝統的な生業にあまりかかわらなくなったため退屈しのぎの間食が肥満に拍車をかけている。

●余暇とストレス
TVではアメリカの番組が多く、イヌイトの番組は一日わずか40分。
カナダらしさがなくなり、番組と自分の生活とのギャップで不満が多い。
今や狩は男のレジャーとして存在している。これでイヌイトらしさが表現出来るか?

2、現代のイヌイトの社会における性別とジェンダー

男性の仕事と女性の仕事が同等に評価されてきた数十年前の伝統社会とは異なり、現在はそれぞれの労働を収入の有無によって評価する風潮がある。こうした状況において、家事や育児に不満を持つ若い女性が多くなってきている。
若い女性は、役割分担に対して伝統的な志向を多少持ちながらも、高等教育への志向が強く、フェミニズム思想や女性権利拡張運動の影響を受けている。

まとめ
青少年が置かれている状況はこの数十年間の間、大きく変わってきている。伝統時代では子ども達は奔放に走り回り、遊びに明け暮れていたが
、体力と分別がつく7~8歳ごろになったら、大人の仲間入りをして生活技術の習得に励む毎日であった。

一方定住生活が始まり、国民化政策によって課せられた義務教育などの社会変動の中で、青少年の状況が変わった。変化の一つはティーンエイジャーの出現がある。学校教育やメディアを通じて新しいライフスタイルへのあこがれが普及している。しかし、極北地帯と主流社会とのギャップによるフラストレーションと精神的なストレスが溜まり、アルコールや麻薬に溺れる若者が少なくない。

イヌイトに限らず、社会的規模が大きくなるによって、あるいは近代国家と世界システムが浸透するにつれ、伝統的な男女関係が変わり、男女不平等が現れているように思う。そこにジェンダー・デバイスという問題が生じるのだろうか。

第6章 インドの青年像(1)-「青年」の誕生ー

はじめに

先進工業社会の経験
多様な子供期から大人への以降→産業構造の変化
教育の普及と教育機関の延長
「近代家族」への拡大など

「標準的な」青年期の形成・教育・就職・結婚
→ポスト工業化・社会化

青年期の多様化
・イギリス:階層による相違の顕著化
・日本:パラサイトシングル

1.「伝統的な」青年像:人生の段階としての青年期

●「マヌ法典」の人生段階論:学生期から家長期へ

学生期(サンスクリットを学ぶ)

家長期(社会を支える)

林住期(信仰の世界に入る。家長としての勤めを果たし、林の中で所業    にいそしむ)

還暦期 修行に全てを捧げて還暦する

天界期

伝統的なインドでは「林住期」「還暦期」という2つの老後があった。
このようにゴールが決められているが、高位の男性(バラモン)のみに許された生き方である。

●規範的な女性の人生段階

マヌ法典には繰り返し「女性は穢れやすく、自分の力では何も出来ないことが強調されている。バラモンの女性であっても、家長である男性と結婚し男児を産むことによってのみ尊敬を受けることが出来るとされていた。女性は、子ども時代は父に、嫁いでは夫に、老いては息子に守られるという「マヌ法典」の叙述は確かに人生の段階論には違いないが、
それは「青年期」といった自らのアイデンティティを問い、社会と自己との関係を形成する段階の捉え方の対極にあるものだったといえよう。

●下位カーストの人生段階

バラモン以外のカーストの中で「不可蝕民」と呼ばれる下位カーストに
ついてはよくわかっていない。この「不可蝕民」は文字通り触ることさえ穢れるとされた下位カーストなので、マヌ法典を学ぶことは許されなかったようだ。

また、カーストにより職業は決まっていたので自分で選択する事は出来ない。また選択できたとしてもその幅は極めて小さいものであった。

1、植民地経験と「青年期」:都市中間層の登場

インドは18Cの末ごろから約150年の長きに渡り植民地期を経験した。
植民地支配の刻印はインド社会にインド人自身によって、深く残された。

インドでは19Cの中ごろから、植民地の政治経済中心地から様々な社会宗教改革運動が活発に展開されるようになった。これらの都市には英語教育を求めるインド人によって、英語教育機関が設立され、弁護士・
ジャーナリスト・教員など新しいタイプの職域が開けていた。

こうした人の中から、インドを見直し、社会や宗教の歪みを見出す人も現れ、女性の幼児婚・寡婦再婚の忌避・女子教育の遅れ・カーストの問題などに批判を向けるようになる。

第7章 インドの青年像(2)-独立インドから経済自由化の時代へー

はじめに

・90年代以降の変化の背景
・中等教育の拡大
・「中間層」の拡大と消費ブーム
・グローバル化の浸透

■ナショナリズムと青年像

運動の拡大(20C初頭以降)
①地方都市や農村部への拡大
②女性の参加
③中~下位カーストの参加(不可触民解放運動)

ナショナリズムの課題
・青年の自負・青年への期待・独立国家の建設
・インドらしさ→ヒンドゥーらしさ
・女性の役割の強調
・コミュナリズム(宗教集団間の対立)

1、ナショナル・エリートから競争する青年へ

1950年以降、カレッジや大学が大都市だけでなく中小都市、場合によっては田舎町にまで次々と設置されるようになった。

●学生層の拡大

下位カースト集団出身者も高等教育に進出してきた。「留保」と呼ばれる優遇措置は不可触民として差別されてきた少数民族を、指定カースト、指定部族というカテゴリーを設置し、入学に際して優遇した。
1970年代には初等・中等教育の一定の普及と制度の運用の徹底化が図られ、災難間の医療系大学やインド工科大学などで留保が実現されてきた。

しかし、高学歴で安定した職域を確保した不可触民カーストの数が増加し、一握りのエリートから塊として存在するようになると、むしろ順応型ではなく、下位カーストとしての権利を主張する傾向が顕著になった。

●学歴競争と青年たちの「自己中心主義」

10代の前半から半ばにかけて多くの子どもを持つ家庭では、深夜まで勉強させるようになった。試験の重圧が子ども達の心身の健康を害し、想像力より記憶力のよる傾向や社会に対する関心を失わせている。
良い意味でも悪い意味でもエリートとして国家と社会全般を論じ、その中に身を投じるナショナル・エリートではなく、自分の学歴形成や価値観を重視し社会的関心の低い自己中心的な青年の増加が問題となっている。

●能力主義とアイデンティティ

80年代から90年代にかけて繰り返された「反留保アジテーション」がある。これは前述した留保によって、成績が優秀でも就職できない上位カーストの不満が表面化したものである。留保対象外の青年の自殺など
大きな社会問題となる。

これはその後、自らの権利や利益を守るための政治的結集の軸となり、
カーストや宗教の役割が肥大することに繋がる。

2、グローバル化の中の青年たち

インドのIT革命(1)
1980年代 アメリカで活躍するインド人のソフトウエア開発者が発端
1990年代 輸出主導型のソフトウエア企業の成長
     技術力の向上
     規模の拡大
     ITを使った情報サービス産業へ

インドのIT革命(2)
背景  英語力のある理工系学識者の存在
    政府の支援
    IT産業団地・労働法の改訂
影響  グローバルな労働移民の可能性を拡大
    教育にも影響する(英語教育熱が盛ん)

3、代わりゆく家族:ジェンダーの行方


インドの家族制度や女性に対する規範は、結婚して男児を産むこととされていた。カースト規制の中で、親や親戚が配偶者を選ぶことが一般的であった。女性は家事以外の仕事をしていても評価されない。
また、学歴の低いものと高いものは働くが、中間層は家に居る。これは今も変わらない。

現在は良妻賢母より経済力のある女性を目指す傾向がある。1990年代半ばの結婚においては、家計の維持を期待する傾向が強いので、結婚すれば家事か仕事か・・といった選択はない。

●消費とライフスタイルの変化:消費ブームの光と影

何でもあり何でも選べることは何でも買えることではない。また、結婚の際の女性の持参金は、法的規制があるにもかかわらず、現在も高額が要求されることが多く、持参金を払えない妻を殺害すると言った悲劇は後を絶たない。それゆえ、妊娠中の超音波検診で女児を中絶することや
男児のみを産み分ける方法も検討されている。女性をめぐる伝統的な規範と女性をモノあるいは手段とする経済力の奇妙な結合が見られる。

第8章 現代社会における若者(1)

1、青年期の形成:モラトリアム期の出現
■日本での戦後型青年期を生み出した3つの社会的背景

・他国に例を見ない教育水準のめざましい上昇があり、大衆的規模で拡大したこと
・新規学卒採用が一般化し、学校から雇用へのスムーズな移行が確立したこと。その背景として若年者の完全雇用市場があったこと。
・明確な性別分業体制が確立したこと。その背景に専業主婦の保護政策があったこと

2、大衆教育社会の形成と「成人期への移行」パターンの変化

■戦後復興期(戦後~1954年)=抑圧された競争期
青年期のモラトリアムを許されたのは、恵まれた社会階層に属する若者に限られていた。

■高度経済成長期(1955年~1973年オイルショックまで)=開かれた競争期
学校教育の社会的使命は確立しており、地域社会における学校の地位は確保されてた。男女差も徐々に解消し、1969年には女子の高校進学率が男子のそれを上回る。1975年には、高校進学率は9割を超え、それ以後は大きな変化は見られない。

■移行期(1974年~1989年)=閉じられた競争期
大学・短大進学率は過去最高を記録し、3人に1人が進学する時代に入った。子どもにかける費用を減らすよりも子どもの数を減らして教育負担に対処するという戦略がとられた結果、1990年代に入ると著しい出生率低下が進行したのである。

■構造転換期(1990年~現在)=競争の弛緩と崩壊期
完全雇用の崩壊・終身雇用制の廃止、新卒卒業者の就職難が深刻化、特に高卒就職が悪化したことは、これまで学校教育が持っていた信頼性を急速に弱めることになった。勉学からドロップアウトする者が増加した。

一方では教育制度の再編成と高度化は進み、その波に乗れる者と乗れない者が出現する。塾通い。

3、若年労働市場の展開と「成人期への移行」パターン化

■戦後復興期
1951年中卒者の2割強が直ちに農業に従事した。また、進学者でも就職者でもない「無業者」が男子で13%、女子で16%

■高度経済成長期
人口大移動が起こる。中学・高校の新規学卒者が地方から大都市にへと集中した。この時期の若者の移動の特徴を見ると、男子が女子を上回る。
1)娘は結婚までは親元においておくという親の意向
2)繊維女工のように中卒後数年で退職して親元に戻ることが女子のライフコースだったこと 
3)都市側で地方出身の女子若年者を20歳代の半ばまで雇用しようとする需要が弱かったこと

4、「戦後青年期モデル」の確立
1960年代から70年代初頭に渡る重化学工業中心の高度経済成長に独特の枠組みを持って出現した青年期を「戦後型青年期モデル」と呼ぶ。

最終学校卒業=就職と言うイベントを境に峻別するパターンが基本的に確立した。
求人が充分ある若手労働市場が存在した。

このような戦後型青年期は男女に等しく機能したわけではない。明確な性別分業体制と専業主婦保護政策が、戦後型青年期のもうひとつの面であった。終身雇用制という企業慣行は、成人男子の長期雇用を前提としたもので、女性労働力はあくまで補助的役割を担わされたにすぎなかった。したがって、稼ぎ手としての男、家事・育児担当者としての女という性的分業に基づく近代家族は日本の雇用制度によって出現したものである。



第9章 現代社会における若者(2)

1、「戦後型青年期」の解体と「成人期への移行」過程の流動化・多様化

<1990年代の社会的変化>

・階層格差の顕在化
雇用の流動と所得の停滞が理由となり、正社員でない働き方をする若者が増えた
・中流神話の崩壊
実際、所得格差が顕著になっている
・教育競争の弛緩と崩壊
一流高校→一流大学→一流企業という流れに乗れないものがいるという実体は過去のもので、いまや意として乗らない若者が増えている

2、欧米先進国の若者に生じた変化とその背景

・教育費と教育効果のアンバランス
・失業率の上昇
・チャンスが来るまで待機する姿勢の増大
・特定の就職コースに乗ることの延期
・働くことに対する意識・行動の変化
・結婚の先延ばし

3、「成人期への移行」パターンの多様化

非連続性(19C、20C初期)

連続性(20C中期)
学校を出る→就職する→就職する→結婚する→子を持つ・・などが一本化している(工業化の時代)

非連続性(20C末期)ポスト工業化

●ライフコースの多様化・個人化は選択か?それとも構造的制か?
これは主体的に職業を選んでいるかどうかで決まる。

4、長期化する「親への依存期」のパラドックス

●長期化する依存期の光と影
・ミドルクラスの減少(中流階層)
・ワーキングクラスの現象(労働者階級の階層)
どちらの現象にフォーカスするかで決まる。

親の経済的援助の影響力が大
これにより
・ゆっくりした成人期への移行
・性急な成人期への移行(義務教育すら満足に出来ない子どもが社会に飛び出す)

●長期化する移行期を保証するのは誰?
国家?
雇用?
家族(親)?
このバランスはイギリスでもバランスが壊れ、ジレンマに陥っている。



<1980年代に生じた主な現象>

1)

第10章 現代日本の若者(1)

発達論では、仕事を持ち自らの経済的基盤を確立すること、もう一つは結婚して家庭を持つことだと考えられている。つまり従来は、仕事を持ち家庭を持って「一人前」という考えに立っていた。

ところが1080年以降、先進諸国の多くで結婚しない・結婚できない若者が増えてきた。こうした未婚化・晩婚化が少子化を促している大きな要因のひとつだといわれている。ここでは「結婚しない若者」について考えてみよう。

1、ライフコースの変化

●女性のライフコースの変化
70年代半ばまで女性は結婚・もしくは出産を機に仕事を辞めることが当然と考えられてきた。
しかし高度経済成長後、学校を終えた女性たちが大量に採用されるようになり、かつ、その女性たちが結婚時期にさしかかった70年代後半から徐々に変化の兆しが生じ始めた。しかし、社会進出を果たしたものの
結婚後も働き続けるには制度的にも心理的にも90年代半ばまで抵抗が強かったのである。

●ライフコース・パターンとジェンダー
日本においても70年代半ばまで結婚もしくは出産後家事に従事することが理想とされてきた。しかし、70年代後半から子どもが大きくなったら再び仕事を持つという「再就職型」が支持し始め、他方、結婚後も仕事をもち続けるという「両立型」も徐々に増え始め、その傾向は90年代後半から顕著になっている。

しかし、女性自身が考える「両立」は現実には専業主婦を理想とする人も両立を理想とする人も結婚したら「再就職かな」と考えている。
これは仕事をしながら子育てをすることは現実的に困難であること・仕事を完全に辞めることが困難であることを意味している。

前者は夫や地域・職場や保育施設の整備などへの不安、後者は仕事を辞めて専業主婦になることへの社会的立場への不安である。

ここで問題になるのが男性とのミスマッチである。仕事も家庭もと願う女に対して男の意識の相違がある。

2、未婚化社会の進展

●未婚化の社会的背景
産業構造の変化が80年代に未婚女性の労働市場を拡大し、また当時高学歴化しつつあった女性のニーズともマッチして休息に女性の社会進出が進んだ。こうした女性たちが80年代以降の大量の20代・30代未婚層を形成することになった。

●恋愛結婚主義
結婚は恋愛と連動する事柄とみなされるようになり、「ある程度の年齢までに結婚するつもり」が減り「理想的な相手が見つかるまで結婚しなくてよい」が過半数を占めるようになった。年齢にこだわらず理想の相手を求める傾向が強まっている。

●未婚者の親元同居
1990年代以降顕著になったことは、若い成人の早期独立を促す文化的規範の弱さに加えて、同居の子どもに親が様々なサービスを提供し、子どもを支援し続けていることであり、このことも居心地のいい親元をなかなか離れたがらない理由になっている「パラサイトシングル」

親が子どもへの援助をいつまで行うかについては「学生の間」と考えるものが一番多い。だが教育機関の長期化で20歳を超えても学生であることが多くなってきた現代、「おとな」の概念も変わらざるを得ない。
また、わずかだが「結婚まで」という回答もあり、未婚の子に対して親が援助し続けていることがわかる。「仲良し母娘現象」もこうした寛容な親と未婚期が長期化している娘の、親依存のひとつの形である。

3、若者の結婚観
●結婚しない理由・出来ない理由
「交際している相手が居ない」が最も多い。つまり「理想の相手」が現実にはなかなかいないことがわかる。
結婚出来ない理由は第一位が「自由や気楽さを失いたくない」だが、1997年以降は「必要性を感じない」が同じぐらいの割合で増えている。

4、未婚化現象への視覚
親元同居未婚者の一部には「親の家を出たくても出れない」人もいる。
それは不況で安定した職業に就けないことが要因である。

いまや「離家」や「結婚」という人生の節目の決定が、若者自身の「自己決定」の問題とされるようになってきた。

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