第1章 医学の歩み その1

■平均寿命世界一の社会とは
医学の興強→死亡との闘い
            ↓
         平均寿命世界一の達成→多様な健康状態の人が生活する社会
            ↓
         新しい科学の基盤「健康科学」


1、ヒポクラテスの医学
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コス島で生まれた古代ギリシャの医学者

①ヒポクラテスの誓い

医神アポロ(太陽神)・アスクレピオス(医学の神)・ヒギエア(衛生の神)・パナケイ(薬の神)及びあらゆる男神女神の前に誓ふ、この誓約、この義務を、わが力、わが誠を以って服膺(ふくよう)せんことを


医学+衛生+薬学の三本柱によって、人間の健康が支えられているという考え。医師はこれら3人の神に仕えることを意味する。人類の医学は神への信仰を舞台に生まれた。

②「われ包帯し、神はこれを癒したまふ」(アンブロワーズ・パレの言葉)
キリスト教徒にとって、病を癒すのは医者ではなく神。ヒポクラテスの医学はこのようにキリスト教徒に受け入れられやすかった。しかし、彼らは神殿が育てた医師であり、神の名を騙った者ではない。

■ヒポクラテス「神聖病について」
祈りをささげ、神殿に連れて行って神々に嘆願してしかるべきであるのに、ぜんぜんそうはせず、祓い・清めを行う・・・彼は嘆願と祓い・清めを区別している。
人間は自然の中にあるのであるから、一定の病気だけを神の業にしてはいけない(宗教と医学の区別)歴史家にとってそれは古い「宗教礼賛」と新しい「生理学崇拝」との理解的妥協の産物のように取れる(コントラルゴ著)

③ヒポクラテスの医学の特徴
■症状の詳細な観察

痛みや苦痛などの訴えを持ってお参りに来る人たちの話を聞き、症状を詳細に観察することから始まった。参拝者・巡礼者の医学といえる


・コス派の医学・・・症状の詳細な観察を元に、予後の判断を重視
・クニードス派の医学・・・症状を基にした疾病の分類、診断を重視
クニードス派の未熟な観念的な観察による分類は、時代を超えて生きることが出来ず、経験主義に徹したコス派が生き残ることになる。その中で、症状の推移によって行われる方法のひとつが薬物医療。ここでも薬の神が大事とされる。

■液体病理学
人間の身体はその中に血液・粘液、黄及び黒の胆汁を持っている。これらが人間の身体の自然性であり、これによって病苦を病みもし、健康を得もする

<液体病理学>・・・内科学に近い
病気になるのは、液体の入った袋というべき「人間」という全体である。病気というひとつの実態があるというよりも、症状を有するという病人がいるという考え
<固体病理学>・・・外科学に近い
局所の病変の存在に病気の病原維持があるとする考え
現代は固体病理学に近いが、高齢化社会である今は液体病理学の考えが必要である。

■瘴気論

ヒポクラテス「空気・水・場所について」
正しい仕方で医学に携わろうとする人は、次のようにしなければならない。まず1年の季節がそれぞれどんな影響を及ぼす力があるのかを考慮しなければならない。一般に人間の体形と性格は土地の性格に従うことが見出される



■ヒポクラテスの医学「まとめ」
「自然の環境」と「瘴気」があって「衛生」があり、「体液」の変調があって「病人」があり、「症状」があって「自然の回復力」と「薬」がある

2、カレノスの医学
ヒポクラテスの医学を引き継ぎ、大成させた人
■生気論
・血液は小腸から吸収された栄養分を元に肝臓で作られ、その肝臓で「自然生気」を負荷され、静脈系によって全身に運ばれる
・吸気は肺静脈において血液中に浸透し、心臓で「生命生気」が生成され、動脈血とともに全身に配分される
・頚動脈の末が脳底に達すると、その後脳幹室に入り、そこで心臓からきた生命生気が「霊魂生気」に変化する

■宇宙の中の地球と自然の中の人間
ガレノスの生気論は体液ではなく、眼に見えない生気を言っているが、現在それは酸素であることが証明されている。彼は酸素の存在を予言していた。

■プトレマイオス「アルマゲスト」
地球は球形で天の真ん中にあるが、天空間に比してひとつの点としてみてよく、また地球は固定して動かないが多くの星は円軌道を描いて運動する

■ガレノスの生命生気と動脈系
左心室の生気を作るために、肺臓及び右心室からの材料を受け取り、同時に生気性血液を大動脈に配給し、大動脈からはススを、しかも逆に静脈性動脈を通じて肺臓に送り、肺臓からは生気を大動脈に送る・・・ガレノスはどうしても静脈と静脈がつながっているとは思えなかった

■ガレノスの示した新しい地平
人間は自然の一部という理解と、生命現象という個々の人間に固有の生理現象の統合的理解
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第2章 医学の歩み その2

1、人間の発見
ルネサンス時代が最初
・レオナルド・ダヴィンチ・・・精緻(せいち)で詳細な人体の解剖図
・ミケランジェロ・・・アダムの創造

2,液体病理学への挑戦
■アンドレアス・ヴェザリウス
1543年、詳細で正確な人体解剖図譜を書き、それまで信じられてきたがれの巣の医学体系に疑問を投げかける。彼は天才的な解剖手法を駆使して、人間の発見という時代の課題に対し、大きな足跡を残し、ハーヴェイの血液循環論への道を開く

大宇宙と小宇宙の科学

<ローマの世界支配>
AD2世紀  プレトマイオス(天動説)
        ガレノス(生気論)

<ルネッサンス>
1543年 ヴェザリウス(人体解剖図譜)
      コペルニクス(天球の回転について)


■ハーヴェイの血液循環論
近代医学の扉を開いたといわれる「動物の心臓並びに血液に関する解剖学的研究」
ガレノスはどうしても動脈と静脈をつなぐことができなかったが、ハーヴェイは初めて生きた人間の姿を、血液を通じて明らかにした。彼は「近代医学の父」といわれているる

■ラマッツィーニの人間のかかる病気
1700年、ラマッツィーニは、生きた人間のかかる病気として、多様な職業についている人の病気を報告した。計54種。特に梅毒の塗擦治療を行うマッサージ師と外科医には、治療に使う水銀が危険とし、この恐ろしい病気があっという間にイタリアからヨーロッパに広がり、「フランス病」と呼ばれるようになったことがよくわかる。彼は「産業医学の父」と呼ばれている

■モルガーニの病気の座と原因
頭から踵までまでという考えに従って、身体全体の症状の詳細な観察を行い、臨床経過と部検所見を詳しく記録した。頭から踵までという視点が、人間全体という立場に立ったヒポクラテスの液体病理学の徒であったことを示している。
モルガーニは、多様な症状を有する人の病理解剖を行い、身体の器官に多様な変化を発見し、その状態を見て、多様な変化が見られるその器官を「座」と呼んだ。モルガーニは「人間全体」が病気になるという液体病理学の伝統を超えて、「器官」という病気の「座」を明らかにした。

■ビシャーの組織病理論
彼はモルガーニが明らかにした病気の座としての器官の下に組織があること、各病気に共通して、その「組織」に病変があることを主張した。彼は「組織学の父」と呼ばれる。大事なことは彼は疾病が局所のものであるといったことである。組織が人間から独立して「単独に罹病する」という知見に到達した

■シュワンの細胞説(自然細胞発生説)
シュワンは、植物同様、動物もすべて細胞によって構成されていると報告した。彼の細胞説は、細胞に着目した点で、ヒシャーの組織病理学を超えた世界に立っているが、人間という全体が最初に存在してから細胞が作られるとした点では、ヒポクラテスの世界を抜け出ていない

■ウイルヒョウの細胞病理学
彼はシュワンの自然細胞発生説を否定した。ここに古代以来の液体病理学と固体病理学の長い論争が「細胞という全体が病気になる」という細胞病理学によって止揚され、人類の医学は新しい道を見いだした

■まとめ
・ヒポクラテス・・・人間全体が病気になる
・ヴェザリス・・・液体病理学への挑戦
・ハーヴェイ・・・心臓を中心とした血液の動きの存在を明らかにする
・ラマッツィーニ・・・人間がかかる病気を報告
・ヒシャー・・・器官の中に「組織」があり、独立して罹病することを示す
・シュワン・・・人間は身体の隅々まで細胞でできていることを報告する
・ウィルヒョウ・・・細胞が独立して病気にかかることを明らかにした

3,瘴気論への挑戦
■ジョン・スノーの医学調査
ヒポクラテスは液体病理学のほかに、空気が悪いから病気になると考えていた(瘴気論)。この瘴気論との闘いに最初に名乗りをあげたのがジョン・スノーである。コレラの死亡率から、流行病の原因が、ミアズマという悪い空気によるものではなく、ブロード街のポンプの水を飲んだ人に限られていると具体的に示した。このスノーの調査によって、コレラが瘴気ではなく、水で伝染することが明確になった。人間の病気は悪い空気(ミアズマ)によって起こるという瘴気論は、ヒポクラテス以来西洋医学の骨格となってきた。スノーの報告は、この伝統的な瘴気論に決定的な打撃を与えたことになる。

公衆衛生は、世界の現象に対する対策にとどまらず、現象を生み出す要因を明らかにすることができるかけがえのない手法でありうることを明らかにした。

第3章 医学の歩み その3

1、瘴気論への挑戦(つづき)

(1)パスツールの免疫学
「瘴気論」という考えの基に、西洋中世では「自然発生」ということが言われた。腐敗や発酵、あるいはウジ虫なども自然に起こる現象だとされていた。
この自然発生説を打破するために、パスツールは詳細な実験を多数行ったわけであるが、実験をすればするほど、彼が「germ」と呼んだ目には見えない小さな生物の存在が明らかになってきた。

パスツールの天才的な実験を可能にしたのは、彼が液体培地を使った事である。彼が液体培地を使ったと言うことは、ヒポクラテスの液体病理学の影響を受けていることであり、彼もまた、人間全体が病気になると考えていたことである。
このことがパスツールの「免疫学」という偉大な医学大系の構築の背景になった。

■ニワトリ・コレラ実験
先に弱い菌を接種したニワトリは元気で、初めて菌を接種したニワトリが全部死んだ。
それまでにジェンナーが牛の種痘にかかった人間は天然痘にかからないと言うことを証明していたが、なぜかからないのか不明であった。パスツールはそれをこの実験によって明らかにしたのである。

パスツールのニワトリ・コレラ実験でわかったこと
1.人間は一度病気になると、その病気にかかったことを記憶している。人間の頭脳に記憶があるよう  に、身体にも記憶がある
2、覚えていることによって、人間は同じ病気にかからなくてすむ


身体の部分に病気の現象はあるけれど、人間全体がかかっているから人間は、その病気を覚えているのである。パスツールによって「液体病理学」が発展的に継承された。

■狂犬病の予防
パスツールは1885年に計13回の接種を行って、少年の狂犬病の発症を抑えることに成功した。

(2)コッホの細菌学
パスツールは菌の存在は証明したが、肉眼で見ることはできなかった。そこでコッホは液体培地ではなく固体培地を使った。シャーレの培地の上に一つの菌を植えると、その菌が増えて固まりとなり、肉眼で見ることができる(コロニー)
この方法でコッホは結核菌、コレラ菌を発見する

しかし、この方法は単に菌を塗りつけるだけではなく、特定の菌だけが生えてくるように工夫しなければならない。その工夫に成功したのが北里柴三郎である。彼は破傷風菌を発見した。

コッホの3原則
①病原体を含んでいると思われる物質を採取して
②培養し
③そこで得られたコロニーから菌を取り出し別の動物に同じ病気を作ることができれば、その菌がその病気の原因であると証明される



(3)フレミングの抗生物質
ロンドンの聖メアリー病院の医師フレミングがペニシリンを発見した
人類は、スノーの疫学手法、パスツールの免疫学、コッホの細菌学、フレミングの抗生物質の発見によって、瘴気論を打破し、医学の世界に大きな地歩を確立した。

(4)ナイチンゲールの看護学
当時の病院は、貧し病人を収容する場所であったため、多くは不潔で不衛生なところであり、それが至極当然のことだと思われていた。

ナイチンゲールは、ヒポクラテス医学の熱心な信者であり、瘴気論の推進論者であった。瘴気論の考えにたった病室の清潔、患者の衛生確保、適切な食事が、いかに病気に有効なものであるかを自ら学び、高死亡率を一気に2%まで下げる。近代看護制度は、瘴気論を基礎として生まれた。

(5)ペッテンコーフェルの衛生学
ペッテンコーフェルも、ヒポクラテスの瘴気論を深く信じていた。コレラの流行にはXYZの三つの要素が必要であり(X・・・一種不明の病原体、Y・・・土壌の条件、Z・・・個人的条件)これらの3つの要素が揃わなければ、コレラは発生もしないし、流行もしないと主張した。我が国の衛生学の発展が、ペッテンコーフェルの影響を強く受けている。

イギリスの公衆衛生体制の創設者、チャドウィックもまた熱心な瘴気論信者であった。ペッテンコールやチャドウィックらの熱心な瘴気論者によって、人類の衛生学、公衆衛生学の基礎が築かれた。

2,症状の科学への挑戦

工場生産→→→人口の年集中
              ↓
              ↓
             (保健)
             不衛生
             ↓  ↓
             ↓  ↓
           疾病→→貧困
          (病院)  (福祉)



(1)病院の特徴
①多数の患者を収容できる
②症状の揃った患者を集めて収容できる
③亡くなった人の病理解剖ができる

(2)症状の医学の伝統
ヒポクラテス医学の最大の特徴は「参拝者・礼拝者の医学」という伝統の中で、頑固に「頭から踵まで」の症状の詳細な観察と記録の重要性を強調したことである。

■トーマス・シデナム
「人間全体がかかる病気」の基本的な病型としての「疾病分類」を行った
■ヘルマン・ブールハーヴェ
1709年、病気の診断と治療の指針

(3)ブライトの診断学
ガイ病院の医師。多数の患者から一定の症状を有する患者の区分収容を行うという方法を初めて取り入れた。

1827年、身体に浮腫・たんぱく尿・病理解剖で腎臓に器質的病変が認められた症例を「ブライト病」と名づける。まさに人間が発見した始めての病気である。その後、トーマス・アジソンやトーマス・ホジキンが次々と新しい疾病を発見した。

ブライト病の報告は、、人間の視点から独立して一定の「症例」から「疾病」を発見した最初の報告であった。そして、この「症例」の中に「疾病」を発見するという作業が、近代医学の「診断学」である。

(4)まとめ
症状の医学への挑戦を通じて、シデナムが「疾病分類」を行い、プールハーヴェが臨床診療の定石的方法を報告した。これらの伝統を元に、ブライトが患者の区分収容という方法を工夫し、ブライト病を報告する。これが「症状」の中から「疾病」を発見することを目的とする「診断学」である。

3、結語

医学の歩み
■液体病理学への挑戦
・ヴェザリウスの解剖学
・ハーヴェイの生理学
・ラマッツーニの産業医学
・モルガーニの解剖医学
・ビシャーの組織学
・ウィルヒョウの細胞病理学

■瘴気論への挑戦
・スノーの疫学
・パスツールの免疫学
・コッホの細菌学
・フレミングの抗生物質の発見
・ナイチンゲールの看護学
・ペッテンコーフェルの衛生学

■症状医学への挑戦
ブライトの診断学



4、現代の医学の課題
人々の健康状態は、それぞれ個々の人間の固有な状態にあるのであり、病気になるのは細胞だとしても、平均年齢世界一の日本では、病気の実態を追求するだけの医学では対応できない。「人間全体が病気なる」という視点が必要である。

また、今日の疾病は生活習慣病と深く関わりがあることから、ミアズマに似た生活環境の中で生まれるという理解も必要である。

そして、診断学は、症状の中に疾病を発見するという強さがあるが、症状が存在しなければ診断できないという基本的限界を有している。これは、わが国の死亡の6割を占める生活習慣病が「症状が現れてからでは遅い」という特徴を有しているのであり、現代の診断学は生活習慣病に関しては決定的な限界に直面していることを示す。

偉大な実績を積んできた現代の医学であるが、その特徴が平均寿命世界一の社会の中では、逆に限界になっている。


第4章 イギリスのプライマリケアに学ぶ

その1 人々の健康を支えるシステム

1、オックスフォードの町
法学のボローニャ、神学のパリと言われ、パリ大学を母体としたオックスフォード大学の中核も神学である。「宗教」と言うゆりかごの中で長い歴史を培ってきたのは、オックスフォードだけではない。イギリスはどんなところにも小さな教会があって、自分たちの地域社会をなによりも大切にしてきたことが伺える。イギリスのプライマリケアの管理システムも、そういう自分たちの地域社会を大事にしたい、守りたいという伝統の上に築かれている。
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2、プライマリケアの管理システム
オックスフォード市民のプライマリケアはオックスフォード・プライマリケア・トラストによって管理されている。

(1)プライマリケア・トラスト管理委員会
11人の委員による委員会・・・俗人の委員長、地域の5人の俗人委員、トラスト主任実行委員、財務主任、3人の臨床家(一般医・看護士・臨床管理士)委員長が俗人であることが特徴
(2)プライマリケア・トラスト常務委員会
トラストの日常の運営に責任を持っている。常務委員長は15人以下の委員によって構成される。
(3)プライマリ・トラストの機能
・地域の健康の改善と格差への挑戦
・プライマリ及び地域の保健サービスへの推進
・セコンダリケア・サービスへの購入委託を受けること
(4)トラストのサービス
・コミュニティ病院
・急性疾患病院
・精神保健病院
・ナーシングホーム
・老人ホーム
・ナーシングホーム・老人ホーム

3、プライマリケア・トラストの評価(インタビューより)
<トラストシステムの導入について>
プライマリケアを提供するだけでなく、二次ケアに繋がらなくてはならない。しかし、プライマリケアだけに目を向ければ、各プラクティスへのヘルスケアに対する見方も大幅に標準化され、確実に室が高まってきている。資金調達には不安がある。
委員長に俗人を起用したことについては、戦略的なダイナミズムを変化させた。そのおかげで、地域のニーズこそが最優先されるものだと確認でき、よい人材を集めることが出来た。地域のさまざまな分野で活躍してきた人が、豊かな人脈をもたらしてくれた。

<健康レベルを知る方法>
さまざまな観点を尺度としているので、即答は出来ないが、地域で案じているのは「虚血性心疾患や糖尿病」で肥満や喫煙が問題になる。また10代の妊娠も懸念している。

<チームケアの推進>
医師や看護士からなるチームケアはプライマリケアが担ってきた大きな強みである。プライマリ・トラストとして行っていることは、チームの能力を強化して自己管理できるようにすることである。地域の保健の優先事項に即して仕事が出来るように資源の提供を行う。もうひとつは、適切な人材や情報を確実に集め、保健ニーズに確実に答えられるようにすること。そのひとつとして人員の確保を手伝い、適材適所によるやり方を大事にしている。

<インタビューのまとめ>
■トラスト方式の導入によって
①各プラクティスのヘルスケアに対する見方が大幅に標準化され、ケアの質が高まった
②プライマリケアの担うべき目標が明確になった
■トラストの委員長を一般人にしたことによって
①地域のニーズこそ優先されるべきだと確認された

4、トラストの取り組み<インタビューより>
<公衆衛生ビジネスプランについて>
公衆衛生ビジネスプランの3つの分野
1、臨床的分野
冠動脈性心臓病・糖尿病・がん計画のための国民サービス・フレームワーク計画
2、社会における不平等に関する分野
市内のアフリカ系及び少数民族の不平等の部門に取り組む
3、性に関する健康問題、健康保護、感染症から人々の健康を守る

<健康増進のターゲット>
当市において一番の問題は、不平等への取り組みである。仕事の多くは地域の中の最も貧しい住民に力を入れて取り組むことである。(ドラッグ、アルコール、性問題、一般の健康問題、メンタルヘルス)

<がん予防プログラム>
がんだけでなく、慢性的な心臓病や糖尿病対策を目指している。食事やエクスサイズ、肥満管理など全体的な健康アドバイスを多く実施している。大腸がん対策。
■その他の二つのプログラム
1、25歳以上の女性対象・・・49歳まで子宮頚部検診のため3年に一回呼び出される(50歳からは5年に一回)
2、50歳以上の女性に年一回マンモグラフィィー

<インタビューのまとめ>
■市民の健康に関して、今日の問題は健康の不平等である
■がん予防は大腸がんや子宮ガン、乳がんへの対策を薦めている

5、トラストへの歩み
イギリスでは、ヒポクラテスの伝統を受けて、一般医が担うプライマリケアにおいては「疾病」ではなく「人間」を見ることが求められるとして、一般医の報酬は仕事量ではなく、一般医に登録された住民の数によって支払われる方式「人頭報酬制」が採用された。

そしてイギリスは、公衆衛生、一般医、病院のサービスを一元的に管理する体系に対し、「地域保険局」を創設。その後患者が第一の報告を元に「地域保険局」に代わり192の「地区保健局」が設立された。固有のサービスを地域主義の原則に立った体系の構築をした。

しかし、徹底した地域主義のため、例えばA地区の一般医は当然A地区の病院に患者を紹介することになり、病院側は患者確保の努力をしなくても患者を確保できることになった。これにより病院は仕事の効率を下げたため、簡単な処置でも待機させられる患者が増える事態を招いてしまった。

そこで1989年、サッチャー政権の元、白書「患者のために働く」が発表される。これは一般医をサービスの購入者とし、病院をサービスの提供者とすることである。それにより1991年、国民保健サービス・地域ケア法が成立した。ここで伝統の国民保健サービスに対し「内部市場」の考えを基にした製作が実行されることになる。

1997年ブレア首相の下に「新しい国民保健サービス」が発表される。個々の一般医が基金を保有する方式を廃止し全ての一般医はプライマリケア・グループに統合した。しかもこれは将来プライマリケア・トラスト体制に移行する過渡的な処置とされた。

ここに登場したプライマリケア・トラストは、地域の一般医、保健士、地区看護士などによる全てのプライマリケアの機能を把握する掌握する機能であり、地域の一般人を委員長とする11人の委員会によって組織される。
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6、イギリスからの新しい挑戦
■イギリスの国民保健サービスの特徴
・医者の報酬が人頭報酬制
・税金によって病院が運営されている
これらの上に制度がある

<科学的根拠に基づく医学=EBMのコンセプトと方法>(インタビューより>
重要な原則は意思決定の時、経験に基づく主張と科学的根拠に基づく主張を区別しなければならないことである。個人患者の場合、各患者のコンディションや価値観と無関係でいてはならない。このセンターの主な目的は電子健康図書館であり、提供するものは知識の利用サービスである。

臨床医、医者、公衆衛生の専門家への一番のメッセージは、専門家の思考の方が患者に20年は遅れている。患者はもっと情報を欲しがっている。
患者へのメッセージは、私たちから情報を提供されたら、それに伴う責任を持って欲しいということである。患者が中心なのだ。

<次の戦略は>
①政府や地方自治体、保健会社に科学的根拠に基づく意思決定をするように働きかけること
②科学的根拠に基づく患者による選択を促進すること
最も重要なことは、患者に科学的根拠となる情報をいかに提供するかである。ここの電子図書館は専門家だけでなく患者にもすべて情報を提供している

7、国民保健サービスの歩みについて(インタビューより)
<国民保健サービスの利点>
税金を財源として公的に所有されたヘルスケアが、効率、効果、平等という点からおそらく最善の方法である。

<人頭報酬制について>
医師が出来高払いで報酬を受けていないので、患者のニーズだけを考えて助言できると信じている。それによって患者も、医師は患者の要望にのみ関心があるのだと確信が出来る

<バーチャーサー・ブロバイダー制度の導入>
バーチャーサー・ブロバイダー制度は国民保健サービスを大きく揺るがした。改善に繋がった。
国民保健サービスは全て税金から出ているので、プライマリケア・トラストが中央政府の干渉から独立することは難しい。しかし一般医は国と契約している契約者なので、交渉権があり、政府といえども彼らに指図できない。

最近は民間資金を国民健康サービスに導入しようという動きがあるが、即効性はあるが将来的に問題を残す。

<国民健康保険制度について>
そうした話はあるが、イギリスの場合は民間基金の導入を進めていくだろう

8、まとめ
イギリスのこのプライマリケア・トラストはわが国の大学法人にとてもよく似ている。これまで硬く閉じられた国立大学に、新しい血を入れて、新しい実践を勧めようとする意気が現れているように思われる。イギリスの歩みは、自らの地域社会の構築に対し、自分のことは自分で考えるシステムをどのようなものであったかを示してくれる。わが国へのかけがえのない教訓である。

第5章 イギリスのプライマリケアに学ぶ

その2 人々の健康を支える施設

1、ブラックバード・リース・ヘルスセンター
■ヘルスセンターの運営
<1>ヘルスセンターの運営(インタビューより)
ヘルスセンターの意思決定は、事務長がアシスタントと一緒に判断し、2ヶ月に一度正式なミーティングを行う

<プライマリ・トラストとの関係>
相互尊重と相互サポートの関係。トラストから目標が与えられm予算も出る。

<一般医の新しい契約>
一般医の契約は質を尊重している。出来るだけ初期に診断すること・禁煙アドバイス

■ヘルスセンター構想の系譜
1946年の国民保健サービス法で、すでにヘルスセンターの役割は大きく取り上げられ、センター設立の責任は地方自治体にあった。しかし地方自治体は住居建設で手一杯であり、また政府は国有された補充に着手することに目いっぱいであった。

しかし、高騰する医療費をどうにかしなければならないという声や、多くの病気が医院よりも自宅ケアを必要になったことをうけ、1966年政府は、一般医にスタッフの給料、建物や家賃の補助をすることを決めた。この時点で、今日のチームケア体制の財政基盤が出来たと言える。

■チームケアの世界
こうして医師のチームケアとも言うべきグループ診療が進むにつれ、一般医と保健士、地区看護士らのチームケアが進んでくることになった。

所属組織の違う一般医と保健士、地区看護婦のアタッチメント方式によるチームケアは、このオックスフォードで始まったのが最初と言われている。ブラックバード・リース・ヘルスセンターでは、保健士や看護士は必要に応じて一般医と接触し、月一回ミーティングが持たれている。

2、シェア・スタート・ファミリーセンター
統計的に恵まれない人が多く住む町ローズヒルーリトルモア地区のシェア・スタート・ファミリーセンター。母子保健の向上に向けて、イギリスで1998年に4歳以下の小児と家族に向けた予算の強化を図る。この計画は新しく何かを始めるというのではなく、従来からあるファミリーセンターやコミュニティセンター、保健士による訪問、助産師の妊婦ケア、プレイグループ、子どものケア活動などを行う。

シェア・スタート・ファミリーセンターでは、トラストから派遣された常勤保健士の元に、助産師、言語療法士、保健士、事務職が非常勤で派遣されている。

目的は
・ティーンエイジのプレグナンシーを少なくすること
・子どもの虐待のレジスターを減らす
など「基本は子ども」

<ファミリーセンターの事業>
・ヘルスクリニック
・妊婦のクラス
・コミュニティ教育
ボランティアもいて地域の人と関わっている。

<シェアスタート計画>
色々な国籍や生活環境にある母親が来るが、地域の人と共にやっていくと言うことが一番大切である。

3、在宅ケアの拠点ーコミュニティ・ホスピタル
■在宅ケアの種類
コミュニティ・ホスピタル(一般医病院)とホスピス。
一般の救急疾患病院は、それ自体トラストとして運営されてるが、コミュニティ・ホスピタルはプライマリケア・トラストに所属している。

<コミュニティ・ホスピタルの役割>
最も重要な役割は「リハビリ」の分野である。患者は一般医の紹介や救急疾患病院から転院して来て、家に帰る前の中間拠点としてここに来る。

<多い症状>
脳卒中から骨折まであるが、最近はより複雑な患者が来ている。手術後のリハビリやターミナルケアのために来る。平均在院日数は38日でこれぐらいの長さがよい。

<病院の評価>
定期的なコミュニティ病院の監査があり、ケアのさまざまな面について視察し、基準を満たしているか確認する。小規模の病院は効率が悪く、地域住民の反対があっても閉鎖される場合がある。しかし地域に密着した施設こそ地域には不可欠である。

4、子どものホスピスーヘレンハウス
1982年、世界ではじめて設立された子どものホスピス。
きっかけはヘレンと言う脳腫瘍の子の看護である。両親は余命いくばくもないわが子を自宅でケアしようとしたが、いかに大変な負担を強いられるかを経験する。それで、施設の創立者シスター・フランシスが時々預かることにする。両親は自身の寝不足を回復し、何ヶ月も頑張ることが出来た。これを例にヘレンハウスを設立した。

<子どものホスピスの思想>
・家族こそその道の専門家である・・・家族の言うことに耳を傾け、家族から学ぶこと
・友人が傍らにいること・・・ただそこにいること

<1番大切なこと>
同じ病気であっても、一人一人別な人間として扱うこと

<その他>
この施設は政府からの援助を受けていない。全て寄付である。寄付だけでこのようなすばらしい事が出来ると言うのは、「自分のことは自分でやる」というイギリスの人たちの文化の長い伝統が象徴されているようだ。

5、ホスピスーソーベルハウス
ヘレンハウス・・・18歳未満の子ども
ダグラスハウス・・・18歳から64歳まで
ソーベルハウス・・・65歳以上

<ソーベルハウスの沿革>
ホスピスへの関心と、死を迎える人々の介護をする場所が必要であるという考えが背景にある。それで、がん救済協会の会長ソーベル氏が話し合いの結果、県の保健局が運営費を捻出し、地元住民が設備や機械の購入費を求め支援する意思があるのであれば、ソーベルが建設費を負担することになった。つまりホスピスは三社契約のようなものであった。

<ソーベルハウスの精神>
他のホスピスと変わらない。死を迎える人の世話をすることに違いないが、初期の痛みや症状の管理で問題を抱える患者も多くなってきた。チームが一丸となって患者やその家族と共にパートナーとして仕事をするというのが、ソーベルハウスの精神である。また自宅にいる患者にも手を差し伸べている。プライマリケア・チームとも緊密に連絡を取っている。

<緩和ケア教育とトレーニング>
緩和ケア教育、トレーニングは医学生、看護学生が学部のときからやらなくてはならない。一般医も地区看護士も緩和ケアを実施するところは多いから。

よい緩和ケアについて、一般的なことを誰もが理解していれば、患者がどこにいても、最悪な死に方をすることも、症状管理を全く受けられずに痛みにもだえて死ぬこともない。

6.まとめ
イギリスの医療の基本として、病院は疾病の治療をするところであって、人間が死ぬところではない、亡くなるのはあくまで在宅であると考えがある。しかし、どうしてもなくなる前に激しい疼痛や心理不安に襲われることがあり、在宅では対応が困難であるということがある。そのときのために必要な場所としてホスピスがある。

ところが最近では、イギリスでも病院で亡くなる人が60%を超え、病院で働く医師にとっても緩和ケアの実践が不可欠となり、医学教育の中で重視されるようになってきた。
また、人々の多様な健康に対して、いかに多様な施設が必要であるかもわかった。多様な施設は、子どものホスピス(ヘレンハウス)のような、寄付で賄えるという人々の心があってこそ、地域の中に根づき、愛される施設として活躍できる。

第6章 イギリスのプライマリケアに学ぶ

その3 人々の健康を考える多様なスタッフ

1、一般医
イギリスのプライマリケアの発展には、中世の「アポセカリー」と呼ばれる街の薬屋さんとして、実質的に庶民の医療を担ってきた伝統を持つ「一般医」が存在すると言うことが、大きな基盤となっている。

1948年の国民保健サービスでも、人頭報酬によって診療報酬を受けていると言うことが、イギリスのプライマリケアの体制を支える大きな特徴となっている。
一般医は病気をにるのではなく「人間をみる」ことが、人頭報酬制の理念である。

一般医は登録住民に対して
・24時間365日、住民の健康に責任を持つ
・疾病対策にとらわれず、日々住民の健康に責任を持つ
ことが求められてきた。

これに対し2004年の改革(新しい契約)では
①月曜~金曜の8:30~18:00以外の患者は、所定の番号に電話すれば、自動的にトラストの運営する時間外担当施設に紹介される仕組みになる(24時間体制からの解放)
②健康の管理に関して「冠疾患、脳卒中、高血圧、糖尿病、慢性閉塞性肺疾患、てんかん、甲状腺機能低下症、がん、精神保健、喘息を対象に診療報酬が加算されることになった。

<一般医の「新しい契約」について>(インタビューより)
従来は患者のアジェンダ(課題)に取り組む形を取っていた。患者が問題を持ち込み、医者が対応する形を取っていた。しかし現在では医者もアジェンダを持ち、PCを使って情報を吟味し診察の参考にしている

<時間外の診察体制について>
医者の労働条件がよくなるということと、仕事のやり方を変えれば褒美が出ると言うことで納得したが、内心は複雑である。なぜなら一般医は患者の誕生から死まで看取り、継続的なケアの責任を負うという感覚があったからである。一般医が金銭主義に走り、患者との信頼関係や家庭医として患者を見るという感じが少なくなってきている。

<一般医への医学生の評価>
一般医は病院勤務医より長く働き、ストレスのたまる職業であることから、新しい契約が始まったのだと思われるが、一般医がイギリスで尊敬される対象であることに代わりはない。

2、保健師
1839年、イギリスでは炭鉱地帯なので5人の子どものうち2人は5歳を待たずに亡くなっていた。このような悲惨な状況や自分の病院の中で手遅れの病気の子どもを見たターナー医師が1852年に篤志訪問協会を設立を提案。こうしてマンチェスター・サルフォード衛生協会が設立され、10年後に婦人衛生改革協会が設立された。これがイギリスの訪問保健活動の始まりである。

<母子保健のターゲット>(インタビューより)
親や子どもの健康を促進するためには、親をサポートし、子どもの健康を損なう予防可能な病気や生活状況を防ぐことが大事である。
・感染症予防(定期的な予防接種プログラム)
・妊娠期と出産直後の家族状況のアセスメント

<国民サービス・フレームワークについて>
全国規模の計画であり、国民生活の特定分野をターゲットにしている
(子ども、高齢者、糖尿病やがん、脳梗塞や糖尿病の予防など)
国民サービス・フレームワークの強みは、専門家やボランティア、役人など様々なバックグランドを持つ人たちが一緒に仕事をすることである。

<チームケアについて>
チームケアではケアを受ける人が一番重要な評価の基準である。一般医はチーム全員と緻密なコンタクトを取り、患者と密接に関わっている。

保健師の仕事は衛生監視官の仕事とは異なる。保健師の仕事は、家庭を預かる婦人の友人となり、衛生の考え方を家庭の中に持ち込むことである。この仕事は重要であるばかりでなく、人々の健康を保持するのに唯一の方法であるといえる。

3、地区看護師
子どものケアの充実に向けた活動のひとつの中心になっているのが、地域小児看護である。

<地域小児看護師の理念>(インタビューより)
子どもたちは可能な限り、家族のいる自宅でケアされるべきである。

<仕事の進め方>
様々な担当当局と連絡を取る。特に急性疾患センターと連絡を取って、子どもの退院に向けて活動する。重要なことは、患者の介護をする親がサポートされているかどうかと言うことである。

<地域小児看護師のサービス>
まず重要なことは、サポートとリソースの提供である。患者の親が飛鳥としているサービスや知識の確保をすること。臨床面では、家庭での点滴や牽引、人工呼吸器、酸素吸入、栄養補給の措置など。以前は人工呼吸器が必要な子どもは入院せねばならなかったが、自宅と言う選択肢が増える。

<最も重要なこと>
子どもの自宅介護を可能にするために、親にサポート、知識、機具を提供することである。終末期の24時間看護体制や、特別なときは夜間や週末に子どもの看護サービスを行うこともあるが、非常に高くつく。

厳しい障害と闘う子どもを、地域の全ての資源を動員して支えることは非常に大変なことである。看護職の人たちの地域における、強力で自立的な仕事の展開があって、推進される地域ケアの現状は、人々の健康を支える基盤と言う観点から学ぶ点が多い。

4、ソーシャルワーカー
地域ケアは、社会福祉部門が担っている。
この国でも1980年代までは、障害のある人のケアは両親に依存しており、障害のある人は、障害を克服することなど期待されていなかった。

■ルイスさんの例
ルイスさんも15歳になっても読み書きが出来ず、母が教育委員会に行くと、最初は追い返されそうになったが、当時の教育院長が扉を開け「私に何か出来ることはありませんか?」と聞いてくれた。「息子に勉強をさせたいというと、校長と話し合ってくれ、ルイスさんは2年間学校に通い、その後大学にも進学する。

どのように社会保障が進んでいる社会であっても、声をあげなければ前進がなく、ドアを開けてくれる存在(この場合は母親)が不可欠である。その意味で、地域の社会福祉や保健の専門職の人の役割は大きい

<地域ケアプランについて>(ルイスさんのインタビューより)
24事案在宅ケアのパッケージを利用している。費用はダイレクト・ペイメント制度と自立支援基金の療法から出ている。ルイスさんの希望はもちろん、介護人の要求も考慮し、1年に一回ケアプランを作成する。ケアの変更は要望があればいつでも対応する。

<長い道のり>
一番重要だったのは、自立することと選択権をもつことであった。障害を持つものは発言権を持つことであるし、人間的に強い人を回りにおいておくことである。

<次の目標>
自分の経験を他の人に伝えていくこと。

5、結語
人々の多様な健康状態を支えるためには、なによりも多様な施設や多様な職能の人たちが、それぞれ固有の役割を、互いに連携しながら自立的に担うことが不可欠である。日本は欧米先進国の制度を輸入し、一律的で画一的な社会を作ってきた。しかしイギリスには先進諸国に追いつけ追い越せの理念はなかった。

イギリスでは保守党:労働党、専門医:一般医など、二つの力の間の妥協の上に歴史が刻まれてきた。追いつけ追い越せのない世界では、妥協して社会の歩みが刻まれてきた。

日本では一律的で画一的な制度の下で、平均寿命世界一の記録が達成された。しかし、平均寿命世界一の社会は、世界一多様な健康状態の人が生活する社会である。一律的で画一的な制度では対応できない。

第7章 現代社会における健康問題の多様化

1、ライフスタイルの変化と疾病像の転換
(1)ライフスタイルの定義
社会学者であるマックス・ウェーバーはライフスタイルを「健康生活における一定のパターン」と定義した(身分集団における価値観の表明)
その後、社会学で「生活における選択的行動の固有性」「人生の目的を達成するための無意識な信念体系とそれに基づいて取られた行動の特徴」といったように、個人の価値観や生活目標によって規定される生活の選好形態と考えられるようになった。

■保健医療でのライフスタイル
食生活・運動・休養・飲酒・喫煙習慣・清潔・整容

■プレスローの「7つの健康習慣」
7~8時間睡眠
朝食摂取
適正体重
非間食
非喫煙
適量飲酒
定期的運動


(2)ライフスタイルの社会的変容
ライフスタイルは、個人の価値観を強く反映するが、他方で歴史や文化の流れに規定される。
■西洋の場合
イギリスの産業革命移行の急速な変化。蒸気機関車の発明からくる工業化、対外経済の発展によって約束する社会動向、消費を中心とした生活。

■日本の場合
明治期の工業化政策に大正デモクラシー、消費生活を象徴する都市的な生活様式の反面、農業は貧しい生活を高度経済成長の1960年代ごろまで強いられた。

■アメリカの場合
食生活におけるエネルギーの過剰摂取や脂肪摂取の過多、日常生活における運動量の減少など健康に大きな影響を与える要因として作用している

(3)「健康転換」の構図

ライフスタイルと疾病像の特徴
1、健康転換第一相(20c半ば)
生産力中心の勤勉型・消耗型ライフスタイル・・・感染症、栄養不良、進行性病変の悪化

2、健康転換期第二相(20c末)
消費中心の豊かなライフスタイル・・・生活習慣病、ガンの発見、治療

3、健康転換第三相(20c後半から21c)
豊かさから混迷を伴うライフスタイル・・・老化、退行性病変、難治ガン、振興感染症、精神的疾患


2、疾病の地域的格差・階層間格差
(1)健康の地域間格差の要因
1、政治・社会の安定性
2、国家・国民の経済力
3、階層間の貧富の差
4、自然環境
5、教育、文化の水準
6、その他(宗教、信仰、慣習)

(2)平均寿命からみた健康の地域格差
日本と巣エー電は男女とも平均寿命の最高水準にある。アメリカが日本に及ばないのは階級差に夜と考えられ、ロシアは男性が女性に比べて著しく平均寿命が短く、ナイジェリアは男女とも先進国に比べて平均寿命が短い

(3)乳児死亡率からみた健康の地域間格差
日本とスエーデンが世界で最も低い乳児死亡率(生後一歳未満)を示し、アメリカは日本の二倍。中進国や開発途上国では高い。

(4)健康の階層的格差
国内総生産(GDP)の高い日本やカナダ、アメリカは一様に乳児死亡率が低く、GDPの低いフィリピンやネパールは乳児死亡率が高い。

健康像の特徴の各国比較
■先進国
低い乳児死亡率→→高い平均寿命
生活習慣病と老化→→高い医療水準

■開発途上国
高い乳児死亡率→→低い平均寿命
感染症と低栄養→→低い医療水準


3、科学技術の進歩に伴う健康問題
(1)水俣病を通してみる科学技術と疾病
1056年 熊本県水俣市を中心に原因不明の中枢神経障害が多発(「水俣病」と呼ばれる熊本大学医学部が新日本窒素(後のチッソ)水俣工場の排水が疑われると指摘。この工場は当時現代社会の利便性を高める上で欠かせない製品を製造していた

1959年 排水中のメチル水銀が原因と結論づけられる。しかし工場は水銀の排水を否定

1968年 政府がやっと水俣病はメチル水銀化合物が原因と公式見解を出す。
この認定の遅れにより被害が拡大したことは否めない。水俣病は私たちの生活を向上させるために開発された科学技術によってもたらされた。科学技術を開発し、利用するものの思想と倫理が激しく問われる。

(2)科学技術の光と影(サリドマイドを例に)
1959年 当時は安全な睡眠薬として販売されたが、妊娠初期に服用すると催奇形性がある。諸外国が回収したにも関わらず、日本では6ヶ月も販売されていた。

■他の薬害問題
・抗マラリア薬クロロキン・・・慢性腎炎、関節リウマチ、てんかんなど根拠に乏しい適応拡大と長期服用によって、視野の中心部しか見えない網膜症を併発する
・整腸剤キノホルム・・・亜急性・脊髄・視神経・末梢神経障害(スモン病)
・血液製剤・・・HIV
リスクが認識されても、経済的事情や政治的事情などを優先して適切な措置をとらなかったことが被害を拡大した。

しかし、一面で別の医療効果を持っていることがある。危険な薬とされていたサリドマイドが自己免疫疾患に有効であると指摘され、抗がん剤に注目されてきた。多くの子どもたちの四肢発育を妨げた薬ががん細胞の抑制に繋がる面を持つ。

■化学技術と健康課題の関係 1
科学の進歩→→高度な医療技術・薬剤
   ↑             ↓
その解決       健康課題の改善
   ↑             ↓
新たな健康の問題←←その技術の対象外


■科学技術と健康問題の関係 2
1、新興感染症・再興感染症・・・・・薬品開発、交通の発展
2、医療過誤・医原性疾患・・・・・医療技術の開発
3、環境の変化による疾患・・・・・人工環境の普及
4、社会的・心理的ストレス・・・・・複雑な人間関係と「こころ」の不安定

第8章 ヘルスプロモーションと健康増進

1、ヘルスプロモーションの基本的概念
(1)公衆衛生活動とヘルスプロモーション

ウインスローの公衆衛生の定義
公衆衛生は、協同社会の素s危機的な努力を通じて、疾病を予防し、寿命を延長し、身体的・精神的健康と能率の増進を図る科学であり、技術である


ウインスローの健康増進のあり方を実現する過程
健康を増進するとは、健康に必要な教育をコミュニティの中で組織的に実践していくこと、かつ健康の保持、向上のために適切な生活水準を誰もが確保できるように社会機構を発展させることである


ヘルスプロモーション思想は、人間の叡知と制度の結晶としての公衆衛生にほかならない

(2)WHOのヘルスプロモーションの定義
1086年、定義される。

WHOのヘルスプロモーションの理念
ヘルスプロモーションの理念は、人々が健康になるための活動を支援する人的、教育的、環境的、政策的、経済的整備によって、人々が主体的に健康を実現することを促進する意図的な働きかけの体系である



2、ヘルスプロモーション概念の特徴
(1)ヘルスプロモーション概念の今日的特徴
従来の健康推進運動は、個人の健康生活に関する能力を高めることを通じて、手段の健康水準の向上を図ることを目指してきた。これに対して「住民参加」による地域活動の推進によって人々の共同的な行為が個人を相互に支え、さらに社会的な条件整備によって健康を実現する環境作りが図られて、個人の能力発揮が容易に有効に行われることが提唱されててきている

ここで言う住民参加とは「住民がヘルスプロモーションの全過程(計画立案ー実施ー評価)において主体的にその過程に参画し、主導的に行為すること」である。従来のコミュニティ・オーガニゼーションにおける住民参加は、実施段階での協力という点で強調されていたが、ヘルスオウロモーションにおける住民参加は、行政などの政策資源を持つ当事者と対等・平等の関係で活動を推進していく概念である。

(2)プレシード・プロシードモデル
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<プレシード>
■第1段階「社会診断」・・・そのコミュニティに住む人々のQOL(生活の質)を評価する
■第2段階・・・人々の健康水準について易学的方法で診断し、問題点を特定する
■第3段階・・・その健康状態を規定する人々の行動、ライフスタイルの要因と健康に与える地域の環境要因について診断する
■第4段階・・・行動やライフスタイルに影響を及ぼす住民の教育的条件と環境に影響を及ぼす組織的条件についての明確化。
・教育・・・その具体化を規定する前提要件、強化要因、実現要因
・環境・・・組織的条件の実現要因
■第5段階・・・それまでの診断に基づきその地域におけるヘルスプロモーションの計画を個人に対する健康教育と集団に対する政策オプションや法令化、組織作りに関して意思決定し明確化する

<プロシード>
■第6段階・・・立案された健康教育プログラムや政策オプション、法令、組織など起動させ、実施する過程が位置する
■第7段階・・・それらの過程が、第4過程で分析された前提、強化。実現の各要因に対して適合的に機能しているか否かを評価する
■第8段階・・・具体的に行動やライフスタイル、環境に有意味に及ぼしているか否かを評価する
■第9段階・・・実際にその地域の人々の健康水準が向上したかを易学的に検討し、QOLが向上したかを検証する

3、ヘルスプロモーションにもとづく健康増進の実際
1、国民健康づくり運動
日本において厚生労働省によって推進されてきた国民に対して自主的な健康づくりを促すための啓発と、そのための基盤整備を内容とする政策、およびそれにそった各種事業ならびにそれらに伴う国民の諸活動を

(a)第一次国民健康づくり対策
昭和53年に長寿社会の到来にあわせて「国民健康づくり対策」がはじまる。
障害における健康づくりを目指して、妊産婦・乳幼児。女性に対する健康審査とともに、昭和57年に設立した老人保健法による健康診査や健康教育と連動して総合的な健康対策を実施する。この制度を実現するために市町村保健センターの整備が行われる

(b)第二次国民健康づくり対策(アクティヴ80ヘルスプラン)
昭和63年から開始される。栄養、運動、休業などの自主的な生活習慣の改善を通して疾病予防、健康増進をしていくことが図られ、そのための制度的基盤作りが進められた(運動型健康増進施設、温泉利用健康増進施設など)
人材育成(健康運動指導士など)が積極的に勧められ、健康を地域づくり、街づくり中心に据えた「健康文化都市」構想が発表され、モデル的な市町村が指定を受けた。
適切な食習慣(食生活、運動、休養)に関する指針の作成、普及や健康に配慮した街づくりの考え方(健康文化都市)の普及を行った

(c)健康日本21の基本理念
21Cを控えて、日本ではなお喫煙率が諸外国より高く、肥満者が増加し、脂肪の多い食生活への変化など、生活習慣に関する課題が解決に程遠かった。そこで健康日本21が提唱された

基本方針
1、生涯を通じた健康づくり
2、目標による管理などの経営管理手法の導入
3、健康のための社会環境作り
4、市町村を主体とした地域による総合的な取り組みの推進


生活習慣病の9つの分野の選定
食生活・栄養、身体活動・運動、休養・心の健康、たばこ、アルコール、歯科、糖尿病、循環器病、がん


厚生労働省の支援
①多様な経路による普及啓発
②老人保険事業や、医療保険者の実施する保険事業の効果的・一体的事業実施の推進
③痴呆や各団体における健康づくり計画の策定及び保健事業の推進に対する技術的アドバイスなどの支援
④推進組織の設置


2、健康文化都市構想
第二次国民健康づくり対策に関連して展開された政策
■基本方針
・健康をコンセプトとした基本政策と施策
・住民の政策への意見反映と民間団体の協力
・住民の主体的健康学習と文化の創造、継承

3、学校におけるヘルスプロモーション
わが国では「健康教育推進学校」として実践化されている。ヘルス・プロモーション・スクールとは、健康増進、健康教育、および学校管理に健康の視点を導入することに他ならない。ヘルス・プロモーション・スクールは健康教育や保健サービスの計画にあたって、家庭や地域との連携を重視しながら進めるとともに、その多様な資源活用がめざされている。
■ヘルスプロモーションの要素
①健康のための学校経営→理念、目標、計画、評価
②健康づくりを支援する環境構成→知的・人的環境
③家庭・地域との連携→住民参加、意思反映、共同活動
④個人の健康実現能力の向上→健康教育、保健指導
⑤予防、健康増進のための保健管理→前方視敵・予測的健康管理
⑥研究的姿勢の重視→客観的・論理的かつ創造的な健康活動の実施

■発展のための課題
①学校の全職員の意識啓発と地域・家庭とのコーディネート能力の開発
②学校の健康づくりを通じた地域の健康形成と知己連帯の再編成
③子供たちの健康形成への主体的参加を通じた学習感の展開
④子供が主体的に新しい健康形成の方法論を創造していくこと

4、地域活動の展開
ヘルスプロモーションは、地域保健活動であり、政策理念の元で住民に推進される。地域保健活動は本質的に教育活動であり、住民にとっては生涯学習家庭であるといえる

5、トータルヘルスプロモーション
ヘルスプロモーションの理念を産業保健活動に導入した活動を言う。すべての労働者を対象とし、労働災害や職業病の防止に並んで、生活習慣病など健康課題について、労働者の自助努力とともに、総合てきな健康増進を達成することを目指す活動を言う。
・運動の支援
・生活習慣や兼務形態の問題点の指導
・メンタルヘルスケア
・栄養指導

4、へルスプロモーション理念の小括
ヘルスプロモーションの理念は、単に健康を増進するだけでなく、住民参加に象徴される主体性の原理の確立と参加の権利と機会が均等に保障され、行政や事業所などの環境整備の努力がなされていることが不可欠である。

第9章 健康管理と健康教育の新しい展開

1、健康管理の概念と実際
(1)健康管理の概念
対象とする個人あるいは集団の健康状態とそのニーズを把握し、人々がこれを充足できるように、保健、医療資源および技術を組織化して支援する活動
全体となるのは各個人が自らの健康について一定の関心を持ち、主体的に可能な限りでの健康の管理・改善を行っていこうとするセルフケアがなされることである。

(2)健康管理の5段階(リーベルとクラークによる)
一次予防
第一段階(健康増進)
①健康教室、衛生教育
②食生活改善
③適切な住居環境、運動。余暇の提供
④結婚相談・性教育
⑤遺伝相談
第二段階(特異的予防)
①予防接種
②特定の伝染病に対する個人衛生
③環境衛生
④事故防止
⑤職業的予防
⑥特殊栄養食品の供給
⑦癌原性物質の除去、汚染防止
二次予防
第三段階(早期発見、早期治療)
①患者発見の方法
②スクリーニング・サーペイランス
③選択的サーペイランス


<目的>
a、治療および疾病の進行予防
b、合併症および後遺症の予防
c、機能低下期間の短縮
三次予防
第四段階(能力障害防止)
①疾病の進行を阻止し、合併症の進展を予防するための適切な治療
②機能障害の進行を予防するための施設の提供
第五段階(リハビリテーション)
①残存能力を最大限に利用できるような再訓練、教育するための病院や施設
②社会復帰した人を雇用する企業への教育
③完全雇用
④適正配置
⑤病院での作業療法
⑥施設の利用

(3)健康管理の方法

1、医学的・保健学的技法
サーペイランス、健康づくり、健康診断、健康教育、健康相談、保健指導
2、社会科学的技法
健康調査、社会調査、心理テスト、行動科学、応用行動分析
3、システム科学、政策科学的技法
オペレーションズ・リサーチ、線形計画法、システムズアナリンス
4、文化人類学的技法
参与観察、フィールドワーク、参加型健康づくり


(4)健康管理の実際
健康診断、健康診査、健康教育、健康相談、保健指導

(5)健康管理の拠点と人材
領域
拠点
人材
地域
保健所
医師、保健師、看護師、栄養士
市町村
保健センター
医師、保健師、看護師、助産師
産業・職域
事業所内
産業医、産業保健師、衛生管理者
学校
保健室
養護教諭、学校医、歯科医、薬剤師

(6)健康管理計画の概念
■対象集団に対して包括的、多面的に適用される・・・総合健康管理計画
■特定の健康課題を解決するため・・・・問題解決的健康管理計画

2、健康教育の動向
(1)健康教育の展開
健康教育は、主に公衆衛生における衛生思想の普及の機能を担う活動として展開してきた。
■ドイツ
19cには学校衛生の概念が確立しており、20cには組織化される。
■アメリカ
近代健康教育の牽引車としての役割を果たした。1850年に「シャタックリポート」により、公衆衛生改革がなされ、それに不可欠な検挙教育が要求された。20Cには、実証的な健康教育プログラムの作成が図られる。1971年には、健康教育が予防医学の重要な手段として認識される。アメリカは健康教育を理論的側面での論議に終始せず、常に実践的性格を持たせてきた。

(2)知識・行動・態度論
健康教育の展開において常に論議されてきたことは健康教育の目標を何に設定するかという点である。
■ウッドの定義
健康教育は、個人、地域社会および人種の健康に関連する知識、態度、習慣に好ましい影響を及ぼす経験の総和である
■グラウドの定義
健康教育とは、健康についての知識を教育課程の手段によって望ましい個人および地域社会の行動体系に移行することである
■アンダーソンの定義
健康教育とは、健康に関する理解の発達と健康の基礎的原理を個人の生活状況に適用する能力の発達をめざすものである
■フォダーの定義
健康教育とは、個人、家族および地域社会の最適な発達に資する健康の態度、実践および認知技術に好ましい影響を及ぼすように企図された学習機会の継続的配列を提供する企画である

(3)コミュニティ・オーガニゼーション
コミュニティ・オーガニゼーションとは、住民が自らの生活のニーズを充足するために、主体的に住民相互の連携や共同性を強化して、組織化された活動を展開すること

(a)地域開発モデル
対象集団の中に自然発生的に存在する住民のさまざまな非体系的活動や住民同士の連絡活動などを系統的に再組織し、より効率的に住民の健康ニーズを充足することをめざした組織活動である。

(b)社会計画モデル
対象集団が一定の情報やデータを所有し、課題意識を持って課題を解決するために、役割分担、具体的な行動を系統化し、目標を実現する

(c)地域運動モデル
健康問題において不利な立場にある人の側に立って、権力関係の逆転や権限・資源の移譲、制度駅構造の転換を目的として行われる

コミュニティ・オーガニゼーションは、現在までさまざまな変容を経てきたが、地域での健康教育の組織方法であることに変わりない

(4)参加型健康教育と健康学習論
コミュニティ・オーガニゼーションにおける地域開発モデルの展開形態が概念である。このモデルにおける健康教育は、学習過程において問題解決志向であり、学習論では特定の目標を固定しない開放的学習モデルをとる。すなわち、地域の健康づくりに住民が参加し、具体的な役割を担うことがもっとも効果的な健康教育の方法であるとする点にこのモデルの特徴がある

3、根拠に基づく健康管理
1990年以降普及し始めた医学理論「EBM」
(1)EBMの考え方
臨床医学における疫学的手法を用いた効果判定の妥当性を検討することを主題とする概念。これは、経験と勘に依存してきた治療方針を患者本位の適切かつ十分な根拠を有する診療へとの転換を意味する。

(2)根拠に基づく健康管理(EBHC)
基本的にはEBMの原理を、個別の健康管理や制度的な医療行政や公衆衛生行政の領域へも拡大適応した概念である。

第10章 健康と文化

1、健康と文化の理論
(1)健康と文化の関連性
■ヒューズの理論
①いかなる社会でも公衆衛生に関する信条が見られるが、それには呪術的要素と経験的要素の双方が含まれる
②いかなる社会でも公衆衛生の状態は、その集団の生活様式と相互に関係している
③未開社会においては人間の健康は、集団それ自体と連続性があり、社会そのもののあり方と深く関連している。そして、そこに属する人間は、その社会が疾病やそれに伴う脅威から自らを守ってくれるとみなしている
④人間の健康は、生活状況全体を反映する関数である

(2)医学に国境はある
■ベイヤー「医療と文化」より
社会・経済的水準と遺伝子素因がほぼ等しい国々における質的差異
・フランス・・「デカルト的思惟と体質」
・ドイツ・・「ロマン主義」
・イギリス・・「倹約性、経験主義、我慢強さ」
・USA・・「機械の中のウイルス」
(医療における文化バイアスの存在)

(3)脳死・臓器移植の文化的差異

西欧文化→心身二元論→脳死=人の死
       臓器移植に対して受容的
       自己決定論を持つ

東洋文化→心身一元論→心臓死=人の死
       臓器移植に関して懐疑的
       関係論(本人より身内や周り重視)


(4)文化ケアの概念
■M・レイニンガーの理論
すべての文化的要因はその文化的特性を反映した独特のケアの様式を持っている

2、文化ケアの共通性と多様性
(1)セルフケアのあり方の多様性(養生の文化)
・西洋・・・ダイエット・・人間を理想の状態へと少しでも近づけようとする美しい自己完成
・東洋・・・養生・・人間が持つ生命力の本質を損なわずに充実させる

(2)自然利用と文化ケア(温泉の利用をめぐって)
文化ケアと自然との関わり
(例)温泉利用・・・世界中に見られる普遍的健康文化
・ドイツ「ケアハウス」・・・保養
・トルコ「ハマーム」・・・健康と美容
・日本「湯治」「湯めぐり」・・・娯楽

3、現代保健医療における文化的差異の検討
(1)代替・補充医療と文化的多様性
■西洋近代医学→世界医学
■代替・補充医学の国有性
東洋医学(中国→中医(漢方薬)、鍼灸、気孔、導引)
ホメオパシー(同種の病気を起こして治す同種療法→ヨーロッパの代替・補充医学)
アーユルヴェーダ、ヨガ(インドの伝統医学)
ユナニ医学(アラビアの伝統医学)

(2)総合医療と全人的医療
■代替・補充医学の山本竜隆氏の分類
①生活環境や人間関係を改善する療法
②食物や飲料を用いた自然療法
③自分で体を動かす療法(導引)
④精神に働きかける療法
⑤他者の体に働きかける療法(鍼灸)

■ホリスティック・メディスン(総合医療)
医学の基本原理を西洋医学・東洋医学・民家に量と分節せずに、目の前にいるやんだ人々に対して最善の医療を提供するために、様々な原理と方法を総合して治療する医学体系
・疾病を癒すことにとどまらず、人間を癒す
・人間をはぐくんでいる文化を癒す
ほけに量は究極的には文化変容である

■健康におけるサイエンスとアート
・サイエンス→普遍性
・アート→個別性・文化性・創造性
サイエンスの短所をアートが補い、アートの不足をサイエンスがカバーする

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Mikami Kako

Author:Mikami Kako

おことわり

保育士・図書館司書に関しては、旧システムによるものなので、現在のもの科目編成や内容にずれがあります。放大についても閉講科目が含まれます

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