第4章 イヌイトの「若者」:「伝統」時代

本論に入る前に注意すること

①「伝統」と言う名前のニュアンス。伝統というと太古の時代から生活と文化が変化せず受け継がれてきたと誤解されるが、イヌイトの文化と社会は「自然環境の変化」「他の集団との交渉」などによって刻一刻と変化していることを認識する必要がある。

②日本の数十倍の広さに及ぶ極北地帯に住むイヌイトはそれぞれの地域に適した文化と社会を営んできたので、地域間の伝統が多様である。

1.イヌイトの伝統生活と文化

・男性の家長を中心とした家族単位で自主的に行動した。
・結婚に関しては親が相手を決めるのが一般的
(男性は一人前のハンターになる16から18歳、女性は初潮から16歳の適齢期になると結婚して、3、4年で初産を迎える。

<個人間に結ばれたパートナー>

・住んでいる生活領域で互いに獲物を交換する「交易パートナー」
・同じ名前をもつことを契機とする「名前パートナー」
・冗談をかわす「ジョーク・パートナー」

<パーチ>(共婚:一時的夫婦交換)

2組の夫婦の間で配偶者が一時的に交換される制度。この間に生まれた子どもはどちらかが実子として育て、本来の夫婦の子供とも兄弟となり、両組の間に
相互援助の義務が生じる。

2.伝統イヌイト社会の青少年

子供は5~6歳になるまでしかられることなく自由奔放に育てられる。
その理由はイヌイトの社会では名前には擬似人格の「イヌア」が宿ると信じられており、代代伝わる名前のそうした「人格」、もしくは「名誉」も命名されて赤ん坊に伝わっていくと考えられてきた。

この考え方では赤ん坊は生まれたときから精神的に一人前であるので、周りは子供を育てると言うより「見守る」に近いことになる。成長して向き・不向き、長所・短所が現れるのを待って、その子の天性に適した生き方にしむけるのが回りの人の指名だとされていた。

<成長段階>

子供  赤ん坊~幼児 0~12歳前後
大人  青年 12~16歳/18歳  肉体的に大人だがまだ未熟
                     (半人前)
    大人 16/18歳~  婚姻・自分の家族を持つ→一人前になる

<ジェンダー・ロール>

男が狩をするから偉いという考えについて

イヌイトでは人間と動物は相互依存関係にある。動物は女性を慕って現れ、
しとめられることによって元の世界に帰り、また再生する。再生とは女性であるから、ハンターの成功の鍵は女性が握っている。

<空間のジェンダー化>

上記の例のように、ジェンダー論者の中には先入観を持って書かれる場合が多い。民俗誌資料を使うとき、それを表す研究者のジェンダーバイアスが入っていることを認識しなければ、イヌイト社会に対してゆがんだ見方を持つ危険がある。
「パーチ」を「妻貸し」と言い、女性が犠牲者であると言うイメージは、その社会というより報告書に基づいた架空の描写である。民俗誌を利用うする場合注意が必要だ。
            
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第三章 人類史の中の若者(2)

1.国民国家の形成と若者

<国民国家の形成と変化>

・学校制度(資格の重視)
・兵役
・納税(男性がより多く納税する)
・選挙権(女性の参政権の遅れ)
・福祉政策(児童手当・高齢者年金)

<若者の内面を描いた著名な著書>

・ゲーテ「若きヴェルテルの悩み」「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」
・ケラー「緑のハインリヒ」
・トーマス・マン「魔の山」
・ヘッセ「ペーター・カーメンツイント」
・フィールッディング「トム・ジョーンズ」
・ディケンズ「デビット・コパーフィールド」
・ロマン・ロラン「ジャン=クリストフ」
・阿部次郎「三太郎の日記」
・下村湖人「次郎物語」
・林芙美子「放浪記」
・野上弥生子「真知子」
などがあるが圧倒的に男性の若者を描いた作品が多い。

<国連における若者の定義>
15歳~24歳

<日本の人口構成における若者のあり方の変化>

1935年から比べると徐々に減少し、2000年には全体の6%に
なってきている。相対的に若者の経験や意思が社会に方針に反映されず、若者が過剰に若者だけの閉鎖的な社会文化的空間を形成するようになっている現状を打破し、持続可能な地球社会を構築する必要性の表れであるといえよう。

2、20世紀前半ー中葉の地球社会の多様性

<カショーゴティネの若者>(1960年代)
カショーゴティネ…カナダ極北のヘアーインディアン

・一人前になる基準(男性の場合)

小さなリスなどは7歳ぐらいから獲るが、大きなムース(大鹿)やカリブ(トナカイ)を自分の力で鉄砲で射止められることが出来ると一人前をみなされる。動物を射止めるには動物の守り神のお告げが必要なので
10歳ぐらいの冬に食べず・眠らず幻想を求めて苦行する。そして自分の守護霊を知る。

・一人前になる基準(女性の場合)

初潮があること。男性の獲ってきた獲物を加工する技術をしっかりみにつけること

・結婚について

男性はポンと獲物をしとめればいいが、女性は30日間もかけて皮をなめす必要があるので、ちゃんとした仕事が出来るのは22、3歳ごろになる。男性の獲物獲得初期年齢は15歳前後なので、15歳の男性と22さいの女性が結婚するケースが通常。

ただ、結婚したから一人前と言うわけではない。経済的な能力だけで評価される。例えば獲物を何匹もし止める能力のある男性は、それをなめす女性が沢山必要なので複数の女性と結婚する。また、何枚も皮をなめす能力のある女性に複数の男性がつくこともある。

女性は子供が産めないと一人前とはみなされない。それは子供が笑った・踊ったという以外に娯楽のない社会だからである。
能力主義社会なので、男性は特に動きが遅く生活能力のない場合は置き去りにされる。

・死について

年を取り、いよいよ動けなくなったらキャンプの時に自分からおいていってほしいと頼む。そしてわずかな食料と水だけを与えられ、その場に置き去りにされる。春になるとキャンプから戻ってきた若者は遺体を見る。雪解けを待ってその遺体を埋葬する仕組みになっている。
このような死に方は崇高なものとされ、生き残ったものにも救いとなる。

若者も簡単に死を選ぶ。自分が病気などで一人前の生活が出来ないと判断すると自ら死を選ぶ。このように弱い人間はすぐ死を選ぶように小さい頃からしつけられている。死のうと思えばいつでも死ねる。生きることを選ぶのも自分の責任だし、死ぬことを選ぶのも自分の責任である。そういう感覚で生きているので自分しか自分を救う人はいないと信じている。

男女関係もお互いにめんどくさいと思えばいつでもよそへ行って暮らすことが出来る。一般的に死亡率が高いので後家さんや男やもめがいっぱいいるが、適当にくっついてる。お腹を痛めた子を育てなければならないという概念がないので、もらったりあげたりして育てる。子供も5歳ぐらいになってそこが気に入らなければ好きなところへ行って暮らしてもよいとされている。

<人類史における若者>

・年齢別人口構成/平均寿命   生物としてのヒト
・生業のあり方         変化をもつ人間
・社会経済階層の分化の仕方
・性/ジェンダー/エスニティ




第5章 明治時代における美術政策

1.はじめに

明治12年に結成された美術団体「龍池会」のわが国最初の月刊美術雑誌
「大日本美術新報」は芸術には色々な種類があるがわが国が元々持っている独自の芸術作品は「工芸」であり、これを奨励するのがこの雑誌の目的であった。

2、工芸の奨励

政府は工芸を芸術と言うより輸出して外貨を獲得する手段としたようである。

<明治維新の特徴>
・目指したのは文明開化
・その底にあった「西欧諸国とアメリカのみが文明国である」という意識
・それに追いつくための方策
①留学生の派遣
②お雇い外国人の雇用(膨大な国費が使われた)

<殖産興業としての工芸振興策>

・万国博覧会への参加

明治6年 1873年 ウイーン
明治9年 1876年 フィラディルフィア
明治11年 1878年 パリ

これら博覧会にわが国の工芸品を展示することと共に、各国の工芸品を
よく観察し、使用目的や技術を踏まえた上で値段を比較検討しろと明治政府が書き記している。

3、美術教育の導入

明治9年「工部美術学校」 講師をイタリアから招いた。わが国初の官立美術学校だが、西南戦争の影響(?)か明治15年に廃校となる。

明治20年「東京美術学校」(現:東京藝術大学美術学部)
明治11年にお雇い外国人講師と日本に来たフェノロサとその弟子岡倉天心が開校に協力。

明治35年 京都高等工芸学校(現:京都工芸繊維大学工芸学部)

明治40年 第一回文部省美術展覧会

4、古美術の保護政策

明治21年 宮内省に臨時全国宝物取調局を設置
21万点を超える絵画・彫刻・工芸などの調査を行い、これを元に「古社寺保存法」を制定した。以後これが現在の「文化財保護法」に引き継がれている。

第二章 人類史の中の「若者」(1)

1先史学(考古学)の知見から何が見えてくるか

資料から縄文期は女性より男性のほうが平均寿命が高かったと推定できる。女性の場合出産で亡くなる人が多かったのではないか、また成人に達しない男性の遺骨は古人骨として残らない埋葬の仕方だったのではないか・・などと推察される。

2.人間の一生:文化人類学の民族誌からの知見

●社会における人生の段階区分(詳しくは次章)

Ⅰ型社会・・個人の年齢や状況によって段階を区別する社会
Ⅱ型社会・・個人の能力によって段階を区別する社会
(近代国家になるほど男と女の差はなくなる)

3、文化人類学における若者の研究

●マーガレット・ミードによるサモア人研究

1920年代の米国では、米国社会の白人、中流階層の間でみられる思春期の現象(疾風怒濤)が人類に普遍的であるという思い込みがあった。これに対してミードは思春期には生物としての共通性のほかに、社会的文化的な多様性が存在するという大きな問題定義をしたのである。

(例)サモアでは性感情が特定の個人に特殊化されないこと、性・妊娠・出生・死などが子供に隠されていないこと。子供達はよく知らない性に関してくよくよしたり悩んだりする必要がない。

そこで「生理的成熟期」と「社会的成熟期」は必ずしも重なり合わないと主張した。

4、日本民俗学のみた日本社会の若者

日本民俗学という研究分野を作った柳田国男は通過儀礼に関し日本国内の色々な地方にある習俗を断片的に記述し、その背後に日本人の生命感や成長観があると考えてそれを探ろうとした。

19C末から1945年ごろまでの日本社会の経験は、「貴族・士族・平民」などによる社会階級の差や、親や本人の職業による差、地域(農村/漁村/都市)による差、出生順位(跡取りかそうでないか)による差があり、さらにその全てにおいてジェンダー差が見られていたと考えられる。



第4章 20世紀の全体主義的な芸術文化政策

1、全体主義的な国家
政治形態は一党独裁制。20世紀には大きな三つの全体主義的国家が出現した。
ロシア・・ソヴィエト連邦
イタリア・・ムッソリーニ
ドイツ・・・ナチス
ここではナチスドイツによって廃校にされたバウハウスの歴史をたどることにする。
これは第一次世界大戦からナチス政権の誕生までのドイツの政治状況のスケッチとなる

2、政治に翻弄されたバグハウス

<バグハウスの理念>
・あらゆる造形芸術の最終目的は建築である
・建築家・彫刻家・画家、われわれはみな手工に帰らなければならない
(造形の基本は手工の熟達である)

3、バウハウス関連年表

1918 11 第一次世界大戦終結
1919 4  クロービウス「ヴァイマール国立バグハウス」創立宣言
1920 6.6 共和国会議第一回総選挙
1923 8  バグハウス展(今までの成果を発表)
1924 4.24 国立バグハウスとテューリンゲン邦議会
   7  会計監査(不況のためバグハウスの予算の見直し)
   8  1925年3月末までの契約解除予告
   12.26 バグハウス廃校声明文
1925 5.24 デッサラ市でバグハウスの受け入れを決議
   10.24 デッサラ市で冬学期開始
1926 12.4 新校舎落成式
1928 8  クロービュス退陣、後任学長ハネス・マイヤー
   9.10 総選挙でナチス党と共産党が躍進
1929 10  ニューヨーク株大暴落
1930 8  マイヤー解任、後任学長ミース・ファン・デル・ローエ
解任理由はハネス・マイヤーがマルコス主義だと公言したこと。
クロービュスは以前の経験から学校に政治が介入することを嫌った
から。
1932 1.21 デッサウ市議会にバグハウス解散動請
   7.8 大臣・市議会議員のバグハウス視察
   7.31 ナチスが第一党になる
   8.22 閉鎖動議可決
   10.25 ベルリンでミース率いる私立研究所として冬学期開校
1933 4.11 家宅捜査を受けヒトラーにより閉鎖される
   7.20 閉校

バグハウスはユダヤ・マルクス主義の象徴する建物だと言われているが
実際はそうではない。民主主義・反議会主義・反ユダヤ主義を掲げる
ナチスの芸術文化政策の最初の犠牲となったのだ。

建物が壊されなかっただけまだよしとしなければならない。
現在バグハウスはユネスコの世界遺産として保護されている。
また数々の芸術家を生み、今でもデザインを学ぶにはバグハウスの理念
なしでは語れないといわれている。

第3章 近代社会における芸術文化政策

1.社会的脈絡の中での人間関係と社会の関係

ある個人が自分の芸術は歴史や社会から何の影響も受けていないと
主張したとしよう。しかし、ソノ芸術は自分が拒否するしないに関わら
ず、その人が誕生して以来経験してきた芸術から影響を受けている。
そしてその人がそうした芸術に触れることが可能であったという事は
社会とは無関係ではない。

2.当道と普化宗

<当道>

江戸時代に職屋敷を本拠として、男性の盲人を組織化し、階級的な官位を与え一定の経済的な保護を与えていた。
鍼灸・按摩などの医療行為に加え平曲(琵琶で平家物語を語る)・筝曲・地歌(三味線の室内楽的ジャンル)など音楽活動に関する独占的な
「教授権」を持ち、治外法権的な自治権も持つ。
最高位「検校」・中間位「勾当(コウトウ)」など。

<尺八>

明治維新までは特権階級を与えられていた宗教集団の楽器であった。
それは禅宗の一派「普化宗」と呼ばれるもので、そこに属するものは
「虚無僧」と言われ尺八を演奏することで禅や托鉢のかわりとなった。
明治4年に普化宗は明治幕府によって解体され、尺八は自由に誰でも演奏できるようになる。

このように一部の芸術団体を保護すると言うことは一般の人がそれに接する機会を奪うということになる

3.芸術文化の保護

芸術家に対して特別な庇護・保護を与えるパトロン制度に似た言葉で
古代ローマに期を発する「メセナ」という語がある。

<ベートーベンの場合>

ベートーベンは同じ名を持つ祖父への憧れと生活の安定から宮廷楽長をの職に就くことを願っていた。
フランス革命後ナポレオンが弟のジェロームをドイツ国王に任命し、
そこの宮廷楽長にベートーベンを任命した。だが彼は元敵国の宮廷学長になることを嫌い、逆にウイーンを去ることをほのめかすことによって
宮廷楽長という義務が生じるポストの代わりに対価を求めないパトロン
を見つけることに成功した。

・金額・・・毎年4000グルテン
・期限・・・ベートーベンがこの金額を受け取るに値するまで
      (ウイーンの宮廷楽長を意味する?)
・義務・・・ウイーンもしくはオーストリア皇帝が世襲する国に住む事

実際にベートーベンはパトロンの一人に楽器を教えていたが、代償をもらっていたので上の条件は純粋に遂行されたといえよう。

4.検閲

ベートーベンの第九はシラーの「歓喜に寄せて」を用いた作品である。
しかしベートーベンがウイーンに滞在し始めた頃、シラーの作品が検閲にひっかかり禁止された。
のちに検閲が解かれ、シラーが詩を変更して発表。その後ベートーベンは第九を発表している。(しかしベートーベンがシラーが禁止されている頃からシラーの作品を盛んに用いていたから、ころあいを見て発表した可能性がある)

シラーの詩の変更箇所(一部)
「乞食が王侯の兄弟となる」→「全ての人々が兄弟となる」

その後数々の検閲が入る交響曲に嫌気が差し室内楽作曲に転向したとも
考えられる。

5.日本の映画法にみる政策的発想

保護と妨害という二項対立から見ると、映画法はその両者を含んでいるようにみえる。

①映画事業の許可制度
②映画制作従事者の許可制度
③台本の事前検閲とフィルムの事前検閲
④外国映画の上映本数制限
⑤製作すべき映画の質と量と配給量などの権利を主務大臣が持つこと
⑥優良映画の推奨制度
⑦文化映画・啓発映画の強制上映
⑧興行時間(3時間以内)・入場者の区分(14歳を区分点とする)

現在の憲法第21条では
1、集会・結社及び言論・出版その他一切の表現の自由はこれを保障する。
2、検閲は、これをしてはならない。通信の秘密はこれを侵してはならない

とある。この矛盾点で現在も時々裁判が起こっている。


第二章 古代からの芸術理論に見られる芸術文化政策要素

1、古代の芸術論の意義

古代の中国とギリシアが距離的に離れているのに似ている点

①政治に関わる人が音楽を聴く能力・演奏する能力を持っていた
②物を書き記すすべを知っていた→後に多くの理論がこれによって出る
③残された記録が周辺の国々に伝播した
④当時演奏された音楽が「古典」として現在も存在する
の以上4点。

2、古代中国の音楽論

<孔子の音楽思想>

孔子の音楽に関する思想は礼節と音楽の関係を重視すると言う意味で「礼楽思想」と
呼ばれる。

・舞を舞う場合、一番位の高いものは8人8列の舞を並べることが出来た。
それを「八イツの舞」という。ところがある日臣下の一人がこの八イツの舞をした。
これを見た孔子は「これが許されるのならば、世の中に許せないものはない」と激怒した
といわれている。

・そのほか素晴らしい音楽を聴いたときに孔子は「楽」だけでなく「善」も感じて3ヶ月間
肉の味がわからなかったらしい。

・また、宮廷の音楽家の責任者に対して音楽のコツを教えたとも言われている。

以上の3点が孔子が音楽に深く携わり造詣が深かった理由である。

<儒教の「礼記」の中にある「楽記篇」>

①音が起こるのは人の声によって生じる。心が外のものに感じて動けば、声となって現れる。
声も変化する。哀しみや楽しみといった感情は、声、あるいは音楽に対応する。
②よく治まった時代の音楽は楽しい。乱れた時代の音楽は恨みを持ち怒っている。
③儀礼で音楽を行うのは、音の楽しみのためではない。正しい音楽によって、人々を
正しい道に導くためである。
④音楽と礼節は深い関係にある。音楽は人を同じにする。礼節は人の違いを明らかにする。
音楽の役割が強すぎれば貴賎の差別がなくなって、互いに敬愛することがなくなるし、
礼節が強すぎれば、貴賎の間の差別が強すぎてしまう。つまり両方が必要なのだ。
⑤天子が音楽を作るのは、臣下の者たちの徳を褒めるが目的である。徳の高いものには
多くの舞人が舞うことになるので、舞の列が密集する。徳が足りないものは舞人が少ないので
列がまばらになる。

<墨子の反論意見>

墨子の「非楽論」では音楽を見たり聴いたりすることは悪いことではない。
だが、その間仕事がおろそかになったり楽器や衣装を作るために犠牲になる人がでる。
それは非生産的である。

<旬子の「楽論篇」>

音楽には良い音楽と邪な音楽がある。人々をよい方向へ向かわせるのにはた正しい音楽が
必要である。

<ケイコウの「声無哀楽論」>
酒を飲んで楽しかったり悲しかったりするわけだが、酒自体が楽しかったり悲しかったりするわけではない。音楽も同じく哀楽はない。

中国では以上のような流れがあったが圧倒的に孔子の儒教が強く、他を圧倒していた。

3、ギリシャ

ダモン(BC.5)は国の制度の観点から良い音楽と悪い音楽をわけ、「音楽の様式は国家の重要な法律の変更無しには変更できない」と言った。

<プラトン「国家」>
音楽は徳と教育に優れた人を喜ばせるためのものだ。多くの音を出す楽器・複雑なリズム・
音階・半音階の羅列は不必要だと言った。

<アリストテレスの「政治学」>
ドーリス旋法(E音から全音のみの下降)が勇壮で沈着な性格にふさわしく、プリギュア旋法
(E音からの降下の際C♯になる)が熱狂的な興奮があるので劇にふさわしいと書いた。

このようにアリストテレスは音楽が人間に不可欠であることを主張した上で
特定の音楽を推進したり抑圧する態度を取ったといえよう。

第1章 序章 芸術文化とその政策

1.芸術文化の意味

まず「芸術」という概念は明治初期に西欧から輸入された概念であることを踏まえておかなく
てはならない。当時の西欧では19世紀前半に盛んであったロマン主義の流れが色濃く
残っており、ロマン主義的な芸術概念がわが国にもたらされた。

<ロマン主義とは>
芸術は宗教や政治や道徳に仕えるものではなく、それ自体、人間の自律した活動であると
言う考え。

しかし「芸術文化」と言うとそれは文字通り「文化」なのであるから下記の分類全てが
当てはまる。(日本余暇文化振興会アンケートより)

A、演劇   伝統芸能(能・狂言)現代演劇
B、音楽   邦楽・洋楽
C、舞踏   邦舞・洋舞
D、美術   絵画・彫刻・工芸・書道・写真・各種デザイン
E、文学   小説・詩歌(詩・短歌・俳句・川柳)
F、生活芸術 華道・茶道
G、その他  映画・ポピュラー音楽・歌謡曲・落語・漫才・講談・浪曲・民俗芸能・民謡
        詩吟など
しかしこの中には建築・ガーデニング・服飾・美容・フィギュアスケートなどが抜けている。
これは我々がまだ明治時代の意味内容を引きずっている証拠である。


2芸術の意味

芸術とは何かを定義するのは容易ではない。ここでは次の2点を確認するにとどめる。

①芸術が人間の技術的活動をさす
②それだけで自己完結した活動ではなく、常に他者に向けられた活動である

(芸術作品の公衆への提示方法について)

古く中世では絵画や彫刻は教会や宮殿の建造物の中に付置されていたり、広場に彫刻が
置かれて居たりした。今日では都市を飾る美術作品はパブリックアートと呼ばれているが
かつては多くの作品がパブリックアートであった。
現代では、美術作品を常設するのは美術館である。

音楽に関してもホールが作られ、演劇もルネサンス時代の世俗劇は旅籠屋の中居で
上演されていたが、やがて専門の劇場が作られるようになる。
いづれにしても芸術作品を公衆に掲示するためには何らかの施設や設備が必要である。


3芸術文化政策

①芸術文化政策の策定者

芸術文化活動は一定の社会集団の中で展開され、芸術家と公衆をセットとする活動であり、
その活動を社会集団の側から方向付けられた関係が、一般に芸術文化政策と呼ばれる
ものである。
近代国家においては、その国土が広ければ広いほど地方に分与される傾向が強い。

・日本の場合は「地方自治体」がそれに当たる。
・また「法人」とよばれる権利能を分与された組織体もある
・個人(芸術パトロン)

②おおまかな芸術文化の部類わけ

・芸術活動・・・芸術家の活動はそれ自体で鑑賞者を前提しているから
・芸術教育・・・芸術家を育成する機関の存在
・伝統芸能・・・文化的アイデンティティの重要な存在
・文化遺産・・・古文書や写本、寺院などの大きなものまでを言う。

③芸術文化政策の内容(概略)

A、助成・保護政策

ユネスコの世界遺産登録制度・ICOM(国際博物館協議会)の博物館資料の保護活動・
WIPO(世界知的所有権機関)の立案したベルヌ条約
日本では文部科学省の行った芸術系大学の設置・文化庁の業績のあげた芸術家を
表彰する日本芸術院、国立博物館、美術館などがあり、伝統芸能(歌舞伎・能など)を
継承し保護する国立劇場や国立文化振興基金など。

そのうち美術館・博物館は法人廃止、民営化の流れがあり先行き不透明である。
ホールにおいても地方自治体の財政難から芸術活動の推進が危ぶまれている。
そもそもホールとは採算の合わないものであるが、それにも関わらず維持して行く事が
その自治体の文化環境のシンボルとして意義を有す。

その他企業が文化支援を行う「企業メセナ」個人が行う支援もある。

B、妨害・検閲政策

西欧社会では15Cにキリスト教会による禁書目録がある。
中世時代には東ローマ帝国で政治的理由も伴い、キリスト教以外の信仰の神々の
彫刻や建造物を破壊した。

19Cではロマン主義芸術家たちが芸術作品を伴って政治批判や社会批判を行った
ため牢獄につながれた。
20Cの全体主義的国家では政治イデオロギーに反する芸術は禁止された。

民主主義の日本では公な妨害はないが、法治国家である以上完全な自由はありえない。
検閲制度はないけれど、過激な暴力表現や性描写は自己抑制・自己検閲が求められる
所である。

第1章 比較文化としての若者

はじめに

比較文化研究とはいくつかの社会を比較することによって、複数の文化圏の類似と
差異を論ずる学問である。
利点は、自己の文化と異なる文化に接することによって、自民族中心のものの見方や
価値観から脱し、自己反省と寛容の精神で異文化を考察し、同時に自己の文化を
見直すことが出来ることである。

1、なぜ若者を研究対象とするのか

1970年代以降日本をはじめとする先進諸国では高学歴化が進み、20歳を過ぎても
学校教育にとどまることが多くなった。
労働市場へ参入する時期が遅くなり、経済的自立の時期が延期されて、モラトリアム期は限られた階層の現象ではなくなった。
さらに晩婚化・非婚化など結婚行動の変化が加わった結果、最終的に親の保護から離脱
して「おとな」としての自立性を獲得する時期がますます遅くなっている。
このような青年期と成人期の間をポスト青年期と名づける。


2、青年期とはどのようなステージか

社会学的には、青年期は近代化・工業化の枠組みの中で登場した。
前工業化社会においては8歳~15歳で児童期は終わり、その後成人として働いた。
その後若い世代に教育を通じて知識や技能を教えることが必要となった。
つまり社会的訓練が出来ていない子供と、社会的訓練が充分にされている大人との
間の時期が「青年期」というカテゴリーで定義された。

日本で本格的に青年期が定着したのは1880年ごろである。この時期旧制高校という
エリートの世界で、労働を免除されて学校にとどまる時期として登場した。


3、成人期の定義と変化する実態

慣習による成年や法的な成年(日本では二十歳)は実際の社会通年とは大きくずれている。年齢としては30歳~65歳までを成人とみなす社会が増えている。

<一人前の条件>
選挙権・労働の諸権利・社会保障の諸権利などを実際に獲得するだけでなく、実際に
行使する地位を得た状態を言う

4、長期化する「成人期への移行」の時期

<エリクソンの人生の8段階>(1950年)

1、乳児期・・・・基本的信頼対基本的不信(希望)
2、幼児期初期・・・自立性対恥・疑惑(意思)
3、遊技機・・・自立性対罪悪感(目的)
4、学童期・・・勤勉性対劣等感(有能)
5、青年期・・・アイデンティティ対アイデンティティの拡散(忠誠)
6、若い青年期・・・親密対孤立(愛)
7、成人期・・・世代性対停滞(世話)
8、老年期・・・統合対絶望・嫌悪(知恵)

<ダニエル・レヴィンソン>(1978年)

青年期に続く成人前期は
①成人への過渡期(17~22歳)
②大人の世界に入る時期(22~28歳)
③30歳の過渡期(28~33歳)
④一家を構える時期(33~40歳)とした。

現代ではライフコースの多様化が進み、レヴィンソンの言う成人への過渡期はもはや
成り立たないという節もある。


5、ポスト青年期の出現

エリクソンは1950年~60年代に青年期の心理的特徴を「モラトリアム心理」
と表現した。

①社会的自己の選択の回避と際限ない延期
②過剰な自意識、全能で無限の自分
③一時的で暫定的なものとしての体験
④時間的な見通しの喪失、生活全体の緩慢化・無気力化
⑤人との密接なかかわりの回避
⑥組織への帰属に対する恐れ
⑦既存社会に飲み込まれることへの不安

<日本のモラトリアム理論>

小比木啓吾「モラトリアム人間の時代」(1977年)

・子供期と青年期・成人期の境界が不明確化している
・青年期の延長、モラトリアムを許容する社会への若者の甘え
がある。

プロフィール

Mikami Kako

Author:Mikami Kako

おことわり

保育士・図書館司書に関しては、旧システムによるものなので、現在のもの科目編成や内容にずれがあります。放大についても閉講科目が含まれます

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