第2章 文化多様性への扉:人類学と先住民研究

1、はじめに

「人々について知りたければ、身の回りを見回すが良い。だが人間を知ろうとするなら、遠くを見ることを学ばなければならない。共通の本性を発見するためには、まず差異を観察する必要がある」(ルソー)

2、文化相対主義の悲哀:対話の忘却と偽りの相対主義

文化相対主義とは、人間はそれぞれ異なった価値観や世界観に支えられた文化に基づいて暮らしており、あるひとつの文化の基準によって別の文化を判断するべきではなく、それぞれの文化の基準に即してそれぞれの文化を理解し、多様な文化それぞれの独自性を尊重すべきであるとする思想のことを言う。

進化主義的な人類学は欧米の価値観や世界観つまり文化を人類に普遍的に当てはまる単一の基準として措定し、その基準に従って欧米近代社会を頂点にさまざまな人間社会を序列化してきた。このように「自文化中心主義が民族差別の温床となり、欧米近代が社会による非欧米社会の植民地主義的な支配を正当化する考えであったことは言うまでもない。

■文化相対主義の2つの悲哀

1)相互理解を阻む不可知論であると文化相対主義を批判する意見
2)文化相対主義を名乗る自文化主義の登場

文化相対主義が尊重する姿勢は「違う」という実感を出発点に、対話を通して絶え間なく代わり続ける自分と相手が対話に基づいて相手の文化を推論してゆくことである。終わりがない。

しかし、「違う」という実感が「文化が違うのだから仕方がない」という安易な結論の下に結界が生じてしまう。また、自文化主義がいけないならいっそのこと人の文化の理解などやめてしまえという投げやりな態度も残る。

3、近代人類学のつまづき:本質主義の問題

反文化相対主義の立場から普遍主義の復活が叫ばれるようになる。特に決定的であったのは文化相対主義があくまでも相対主義であり続けるためには、自文化主義であろうが、人種主義であろうが、己を相容れない立場であろうと相手の立場を尊重する態度を崩せないことであった。そこで偽りの文化相対主義(本質主義)が生まれた。

本質主義とは「イスラームや日本文化のカテゴリーにあたかも(カマキリやノウサギ)などの自然種のような全体的で固定された同一性があることを暗黙の前提としている。

異なる人間集団の関係が異なる動物間の関係と同じであるはずがない。しかし、こういう常識が半ば忘れ去られた中で、本質主義の考え方が民族誌を書くという段階になると科学的客観主義という名の下に平然とまかり通るようになる。

4、アイデンティティの政治をめぐって:先住民運動と本質主義批判からの教訓


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第1章 文化政策学の体系

1、文化政策学の提唱
●戦後の文化政策の変遷

第1期(終戦から1950年代末)

戦前・戦中の文化統制に対する反省から、国の文化への関与は極力排除され、政策対応としては消極的な時代。しかし、その一方で芸術文化に関しては「芸術祭の開催」「芸術家の顕彰制度の拡充」「三国立博物館の設置」「国立近代美術館・国立西洋美術館の設置」が行われた。
また、文化財に関しては戦前の関係法令を統合して文化財保護法が制定された。文化財政策の新たな枠組みが作られたといえる

第2期(1960年代から1970年代前半)
特記事項文化庁の設置 これにより芸術文化政策と文化財政策の一元化が図られた。芸術文化に対しては「国の支援が開始される」文化施設としては「伝統芸能のための国立劇場の設置」文化財としては「民俗文化財・伝統的建造物の新設」

第3期(1970年代後半から1980年代末)
「民間芸術団体に対する支援の拡大」「芸術家の国内研修制度・養成・顕彰制度の充実」「国立国際美術館・国立演芸場・国立能楽堂・国立文楽劇場の設置」
1980年代「文化の時代」「地方の時代」が標榜され自治体文化行政が前向きの方向をたどる。

第4期(1990年代から今日まで)
「芸術文化基金の創設」「企業メセナ協議会の発足」「NPO法人の芸術文化への関わりの活発化」「新国立劇場・国立劇場おきなわの開場・九州国立博物館・国立新美術館の設置」(なお国立文化施設は行政改革により独立行政法人に移行した)「文化芸術振興基本法の制定」

●文化政策の明確化と総合化の必要性

従来は国(地方公共団体)・文化芸術団体二者間の関係であったのが、国・文化芸術団体・民間団体の三者間の関係に転じ、新たな支援の枠組みの構築が必要となった。
このことはそれまでの「文化行政」から「文化政策」への転換が要請されるようになったことを意味する。
国の文化政策には分散化の傾向が著しく、地域においては文化の振興が「町づくり」の中核的な内容として位置付けられる。
今後、文化政策には隣接諸政策を包括した総合化が必要である。

●文化政策学確立への期待

大学における教育はもとより、実践の上でも、文化政策に関する研究を固有の学問分野として構築することが期待されており、今日、ようやく「文化政策学」確立の機が熟したといえる。

2、文化政策の体系

文化政策に関する国の関係官庁は「文化庁」である。対象領域は
1、文化の振興と普及
2、文化財の保護
3、国語の改善
4、著作権の保護
5、宗教行政の運営

次に、文化政策の対象領域を文化政策の機能と言う観点から捉えれば
a、文化の伸張(縦軸)
b、文化の裾野の拡大(横軸)
これらを基本とし、
c、文化財の保護と活用
d、文化の国際交流の推進
e、文化基盤の整備

●文化政策学体系化の視点

第一は、わが国の文化政策の実態を踏まえて、その体系化と理論構成を図ること
第二は、これまでの政策学において蓄積された手法により、政策内容、政策形成過程、政策評価などの分析が行われる必要があること
第三は、文化政策と関連する諸政策を視野に含めること
第四は、専攻の文科系在学、文化経営学との連携を図ること

●文化政策学の枠組み

文化政策総論・文化政策形成論・文化政策史・芸術文化興論・文化財保護論・文化施設運営論・地域文化振興論・国際文化交流論・比較文化政策論

3、文科経済学・文化経営学(アートマネージメント論)との異同

●文化経済学

1966年ボウモルとボウエンによって「舞台芸術 芸術と経済のジレンマ」が出版される。舞台芸術が経済的に自立不可能であることを指摘し、芸術文化活動への公的支援が必要とされる根拠を示した。
その後ケインズも芸術家の自由を踏まえた側面的な支援を行うとともに、芸術の地方分散を図り、あらゆる階層の教育の一部とすることを基本においている。

文化経済学とは「文化芸術を社会経済との関係において捉え、これを主にして経済学的な観点から分析する学問分野である

●文化経営学(アートマネージメント論)

1990年代に入って「文化施設が全国的に整備されてきた反面、ソフト面が弱いという指摘がなされた」「文化芸術団体の創作活動が活発化するには、経営基盤の強化が必要であるとの認識が高まった」「民間の支援者側では、文化芸術事業や文化芸術団体の運営に関心を持たざるを得なくなったこと」「これらを担う人材確保の必要性が認識されるようになったこと」

文化経営学は「文化芸術活動の主体が行う文化芸術活動の管理運営(経営)および、文化芸術活動の主体とこれを享受する社会並びにこれらを支える資本の間の連携・接続の機能全般、という広狭二義のアートマネージメントを、主として経営学観点から分析する学問分野である

●三分野の相互関係

文化経済学は文化経営学及び文化政策学の基礎学問として位置づけられる。また文化経営学・文化政策学は文化経済学の基礎の上に応用分野として成立するが訓門分野である。

第1章 先住民とはなにか

1.はじめに

原住民は文字通り解釈すれば、もとより住んでいる民と言う耳であるが、「未開」「僻地」「文化が遅れている」と言うネガティヴなニュアンスがある。1980年代に盛り上がりを見せた先住民運動の影響もあって、日本では「先住民」と言う言葉が定着した。

「先住民」・・世界中に分布する全ての先住民族の集合を指す
植民地化以前からその土地に住み、先住性のある集団が近代国家の中へ編入され植民地的な支配の中で、先住民族を自認して先住権を享受する、またはすべき集団
「先住民族」・・個別の民族集団を指す

2.先住民の定義

先住権は先住民が居住する国の国民が持全ての権利の上に、先住民だけに認められる特別の権利である。たとえば、国民が守らなければならない猟(漁)期以外にも狩猟や漁労を行える権利がある

■先住民(族)の4つの属性

1、先住性・・・近代植民地化以前からその土地に住んでいる民族
2、被支配性・・・異民族によって征服され支配されている民族
3、歴史的連続性・・・伝統的な居住地においても連続的に居住してきたが、植民地的な状況における他所への強制移住、もしくは年に移住した先住民にも歴史的連続性が認められる
4、集団、もしくは個人が自ら先住民として意識しているかどうか

先住民に権利があることはイギリスのコモン・ローに由来するが、これは表面的には先住民を保護することであるが実体は違う。

3、近代植民地主義と先住民
(ここでの近代植民地はは16C以降の植民地主義のことを指す)

15C後半イギリス・フランス・オランダ・スペイン・ポルトガルなどの西欧諸国がアフリカ大陸を発見した。当時のヨーロッパ人には先住民に対して「野生人」と言うイメージがあったのに対して「野蛮人」「野人」と言ったイメージを持ち、それが後世に広く世界に流布するようになった。いずれにしても先住民はヨーロッパ人とは対等な存在になりえない文化的・精神的な幼児であり、常に監視・監督され、禁治産者扱いされてきた。

<先住民をそう思わなければならないヨーロッパ人の必然性>

・発見者が土地を取得出来るというヨーロッパ中心主義思想
・キリスト教徒でないものをキリスト教徒にすることがキリスト教徒の義務だという宗教的思想
・先住民の生活権を奪い、労働力のプールとして結集させるための経済的思想

4、21世紀の先住民

いまやあからさまな植民地主義から解放されている先住民の処遇は、30年前に比べて大きく改善されている。しかし、それぞれの国家において植民地主義が完全に払拭されているとは言いがたい。いわゆる第3世界や日本においては先住民というカテゴリーさえ認めない。

<先住民の苦境>

先住民が直面しているもっとも深刻な問題は、中・南米アフリカ、西アジア諸国の政府が「テロリズムとの戦い」に便乗して、先住民が進めている自立運動をテロ行為であると断じ、先住民を弾圧したり、軍を動員して征伐したりしていることである。

先住民が経験してきた過去の「人種的な」思想に基づく歴史的な現象は、過去に属するのではなく、先住民が抱えている現在の不公平と差別に引き継がれている。
先住民は生活領域と生命を維持する資源を奪われ、政治と文化・社会的な制度が抑圧されてきている。その結果、経済及び社会面で被害を受け、コミュニティのまとまりが脅かされ、文化的な維持が困難な状況である(アナヤ;1996.3)
このような状況を是正するのは、まさに主流社会の責任である

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Mikami Kako

Author:Mikami Kako

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保育士・図書館司書に関しては、旧システムによるものなので、現在のもの科目編成や内容にずれがあります。放大についても閉講科目が含まれます

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