第2章 文化政策の意義

その性格と特質

1、文化背策の主体と民間の相互連携

●文化政策の主体
 文化行政法上の行政主体は、国・地方公共団体のほか、一定範囲の責任を有する独立行政法人の三つに集約される。

文化政策の政策である以上、その最終的な責任は国・地方公共団体、及び一定の責任を有する独立行政法人にあるのであり、責任の帰属主体以外のものを政策の範囲に含めるのは無理がある

●民間の文化芸術支援などへのかかわり

1、文化芸術に関するプロジェクト(実演団体・文化芸術NPO・企業・市民)
2、文化の振興と普及という文化政策によって実現される実体面(文化施設の経営をはじめ、文化芸術に関わる人材の育成)
3、文化政策形成過程への国民の参加
4、文化政策の評価への国民の参加

●相互の連携協力
文化の振興と普及は公的部門が基本的に担わなければならないことは当然としても公的資金の投入にはおのずから限度がある。文化芸術団体が非営利性を持つことは否定できないが、団体である以上可能な限りの経営努力が求められる。

企業メセナの支援はこれらの要請に合致したものといえる。国・地方公共団体・企業メセナによる支援は一定の制約が伴うことは避けられないが、文化芸術NPOはその間を縫って柔軟に対応できる利点がある。

単なるスポンサー、パトロンにとどまることなく、相互に協力し合うパートナーとして文化芸術に携わり、創造・発展を図ろうとする自覚であろう。

2、給付行政と規制行政の二重性

給付行政は公行政であるとともに非権力行政として認識される。文化行政は基本的に非権力行政としての性格が強い。ただ、自己の物件が重要文化財として指定されると一定の制限が課される。

●給付行政における行政作用の特殊性
・契約関係として現れること
・継続的関係であること
・協力・強調的関係にあること

3、文化芸術の役割と文化政策の目的・目標

●文化芸術振興基本法における文化芸術の役割・意義
文化芸術を創造し、享受し、文化的な環境の中で生きる喜びを見出すことは、人々の代わらない願いである。また、文化芸術は、人々の創造性をはぐくみ、その表現力を高めると共に、人々の心の繋がりや相互に理解尊重しあう土壌を提供し、多様性を受け入れることの出来る心豊かな社会を形成するものであり、世界の平和に寄与するものである。
さらに文化芸術は、それ自体が固有の価値と意義を有するとともに、それぞれの国やそれぞれの時代における国民共通のよりどころとして重要な意味を持ち、国際化が進展する中にあって、自己認識の基点となり、文化的な伝統を尊重する心を育てるものである。
我々はこのような文化芸術の役割が今後も変わることなく、心豊かな活力ある社会の形成にとって極めて重要な意義を持ち続けると確信する(全文)


●文化政策の理念、目的及び目標
1、文化芸術活動を行うものの自主性の尊重
2、文化芸術活動を行うものの創造性の尊重及び地位の向上
3、文化芸術創造享受権と文化芸術を鑑賞・参加・創造することが出来る環境の整備
4、わが国および世界の文化芸術の発展
5、多様な文化芸術の保護及び発展
6、核地域の特色ある文化芸術の発展
7、わが国の文化芸術の世界への発信
8、国民の意見の反映

上記の目的のもとに目標は
1、文化の基盤を整備すること
2、文化の頂点を伸張すること
3、文化の裾野を拡大すること
4、文化遺産の保存と活用を図ること
5、文化の国際交流を推進すること
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第6章 野生の化学と近代科学:先住民の知識

1、はじめに

カナダ極北圏の先住民、カナダ・イヌイトは「極北の科学者」と呼ばれる。それまでは未開の野蛮な知識として軽視されてきたが、近年の研究により「伝統的な生態学知識」と呼ばれ、近代科学と対等な知的所産として認められるようになった。

2、「イヌア」のルート・メタファー:イヌイトの知識のパラダイム
イヌアとは、従来は「精霊」と解釈され、非合理的な宗教的概念を言う

■世界理解のためのルート・メタファー(パラダイム)
・客人としての動物
・人間ではない人物としての動物
(例)カリブーのイヌア、ホッキョクグマのイヌア

■従来の解釈
「精霊」アニミズム的信仰(不合理な虚構)←合理性や経験実証性という欧米近代の価値観から来る(科学VS非科学(宗教・神話・迷信)

■イヌアに基づく世界観

・万物の擬人化
・様々な動物種=社会集団(社会内関係)
同族ごとに社会を形成して人間と同じような社会生活を営んでいるという考え
・動物種間の関係=社会間関係
排他的な敵対関係や互酬的関係など
・世界=巨大な社会空間
・世界で生じる様々な現象=社会関係
社会内関係と社会内関係の複合的な動態
「野生の科学」に基ずく「具体の科学」

■先住民の知識
生命体(人間を含む)相互関係と生命体との環境関係に関する累縮された知識と実践と信念の総体であり、適応の過程で発達し、文化的な伝達によって世代を超えて伝えられる。

<近代科学の世界観>二元論的世界観
自然VS人間、自然VS社会、身体VS精神、
これはユダヤ・キリスト教及びデカルトの思想

<イヌイトの世界観>一元論的世界観
自我と人間を切り離さずに同一の一体的な全体として捉える

■イヌアの社会関係の例
<敵対関係>
ジャコウウシ社会VSカリブー社会
一方の社会が進出した地域からもう一方の社会は撤退

<互酬的な同盟関係>
人間社会:アザラシ社会の再生産に助力
・タブーを守ることによってアザラシに敬意を払う
・客人としてもてなし、海に送る
アザラシ社会:人間社会の反映に協力
人間に肉や毛を提供

3、知識をめぐる抗争:伝統的な生態学的知識をめぐる問題系

■様々な共同管理制度の実現
1,975年 「ジェームス湾及び北ケベックにおける狩猟・漁労・罠猟の管理制度」
1982年 「ビヴァリーとカミノカフ、カリブー管理制度」
1986年 「イヌヴィアルイト野生生物捕獲及び管理制度」
1986年 「カナダ・ポーキ=パイン、カリブー管理制度
1998年 「ヌナヴト野生生物管理制度」

<共同管理制度の概念>
政府と先住民との対等な発言権の確保→委員会構成(均等な数の政府代表と先住民代表)
意思決定の根拠=近代科学+イヌイトの知識
「我々(カナダ政府)の任務は伝統的な知識と科学を統合することである」

4、進展しない統合
・具体案なし
・近代科学の一極支配の持続=近代科学だけが正統性の根拠

■科学者とイヌイト間の潜在的対立

科学者:先住民が知識の重要性を強調するのは、先住民が里境管理の主導権を奪取するための政治的戦略か?
先住民:先住民の知識の尊重と言うのは口だけ。単なるリップサービスだ

4、近代科学と野生の科学:戦略と戦術のイデオロギー
戦略と戦術 ミシェル・セルトーの議論から

近代科学=戦略のイデオロギー
環境全体を対象として一挙に把握する立場から見渡してコントロール(シュミレーション)→「自然:人間」の二元論。環境管理、環境開発

いぬいとの知識=戦術のイデオロギー
環境全体を対象化することもコントロールすることもあらかじめ計画を立てることも出来ず、環境に翻弄されたまま、その中に一瞬現れる機会を巧みに利用しながら臨機応変にうまくやるやり方
格闘技の「柔よく剛を制す」→一元論世界観

■イホマ(分別・賢明=大人の資質)
・一般化の保留
・仮説に基づくむやみな推進の保留
・未来予測の保留(物語や逸話としての戦術の強調)
・線楽的知識の排除(イホマなき子どもの思想)
イホマある大人とは「柔よく剛を制す戦術の使い手」

■注意点
1、イヌイとも科学的(戦略的)な視点に基づいて利用する
近代科学も戦術的な部分もある
このことから協約不可能ではない

2、政治的背景
イヌイトの知識
(×)近代社会になりそこなった「未開の科学」
(×)近代社会とは異なる「もうひとつの科学」
(○)野生の環境のただ中に甘えてとどまろうとする「野生の科学」
(○)近代科学に対抗する「野生の科学」
近代科学
(○)野生の環境を飼いならす「飼育する科学」




民族文化としてのトナカイ飼育

サーミの事例から

1、はじめに:リレハンメル・オリンピックとチェルノブイリ原発事故

■ニスルアスラック・ヴァルケアパー(1943~2001)
Valkeapaa_Nils_Aslak.jpg彼はサーミを代表するヨイク(サーミを代表する伝統歌謡)をリレハンメルオリンピックの開会式で歌った。

オリンピックに先立って、ヴァルケアパーはヨイク集「太陽・私の父親」を発表し、サーミの文学作品としては始めての北欧評議会の文学賞を受賞した。この作品には100年もの前の古い写真が収められている。彼が自分のヨイク集と並べて大量に収録しようとした意味は「現代のサーミも祖先たちと同じように自然と共に生きている」のだということである。

■第13回北欧サーミ会議より
・私たちはエコシステムの一部である。私たちの伝統文化はどのようにすれば自然を消耗することなく利用することが出来るかを教えてくれている。私たちの文化はいまもって生きている文化であり、それによって私たちはさまざまな自然の条件への適応をすることができる。そこからは私たちがこれからも生存し続けていくための新たな知識を吸い上げることも出来る。

■サーミ研究所所長アイキオの言葉
(サーミの生活や文化の中心にトナカイ飼育があることを強調したうえで)1986年のチェルノブイリ原発事故で、サーミランドの自然は大きな打撃を受けた。しかし、トナカイ飼育のための環境が破壊されたのははじめてではない。伐採による森林の消滅・ダム建設・環境事業の大規模化・大気汚染などサーミの人々はすでに深刻な打撃を受けている。

2、ギリギリの生業としてのトナカイ飼育

トナカイは寒冷地には適合した飼育方法だといわれることが多い。しかし、数年に一度、暖冬のため放牧地の表面が溶け、再び凍りついたときにコケが取れなくてトナカイの数は激減する。飼っているトナカイの約半数が死亡する。

確かにトナカイ元に出かける手段もそりからスノーモービルに変化した。しかしトナカイの飼育環境は基本的に変わっておらず、自然の条件に左右される厳しい生業である。サーミの民族政治家アイキオがトナカイ飼育を「自然と共に生きる」と主張するのはこういう理由である。

3、トナカイ飼育サーミの声(3つの映像)

1、トナカイ3000頭、北極圏へ(1980年)
「いつもの年より多くのトナカイを失いました。もし健康を損ねたらこの暮らしはやめざるを得ません・・」

2、極北ラップ幻想紀行 フジテレビ(1995年)
「北欧諸国で先住民としての獲得してきたさまざまな権利がEUという枠組みの中でどうなるか不安だ・・。すべてのことが不安定で、これからのことは何もわからない。息子が後をついでくれると言う。気持ちは嬉しいがこの先、この仕事もどうなることやら・・」

3、サーミのトナカイ放牧(サーミが作った番組 2003年)
トナカイ放牧をやめることはたやすいが私は辞めたいとは思わない。この仕事は大きなお金にはならないが、この仕事は私の一部になっている。子どもたちについでもらいたいとはいえないが、子どもたちの中にもトナカイ放牧の血が埋め込まれている。




第4章 民族文化としての採集狩猟活動

イヌイトの事例から

1、はじめに

植生の乏しい極北地域に住むイヌイトは、主として陸・海獣の狩猟を漁労としていた。しかし、1960年以降、先住民の間にいわゆる「近代化」が浸透するにつれ、加工食品を安易に入手でき、生きるための採集狩猟活動の必要性が次第に減少し、現在では店で購入する食料と生活物資に依存するようになっている。

2生業活動

生業活動の5つの要素
1、入手・・・生活に必要な物資を獲得する
2、処理・・・物資を使える形にする
3、消費・・・獲得した物資を食べたり、使ったりする
4、廃棄・・・不要に鳴ったものを処分する(考古学記録に役立つ)
5、社会関係・・・獲得と人間の社会的な関係をめぐる儀礼など

第5の要素が生業活動に含まれる背景には、イヌイトを事例にした場合、人間とそのほかの動物の関係は人間を頂点とするヒエラルキーではない。例外はあるものの、人間と動物は対等な存在であり、それぞれの世界において生活をしてるという考え方である。

<例1>
あざらしを取る→肝臓を取り出してみなで分ける(アザラシが自分の所に来てくれたことを喜ぶ儀式)→女が真水をアザラシの死体に飲ませてお礼を言う→全部残すところをなく食べる

<例2>
カリブーを獲る→病気があった→毛皮をはいで石塚に入れる→狼などが遺体を冒涜しないように埋葬する

3、イヌイト社会の伝統的な生業活動

アザラシ猟・カリブー猟・捕鯨・漁労

4、現代のイヌイトの生業活動

カナダ政府の定住政策により、イヌイトが定住村で生活するようになると、生業活動は大きく様変わりした。スノーモビルや船外機つき舟という機械化、高性能ライフルの装備によって、生業活動の季節性と対象の獲物に変化がおきている。

■生業活動の意義が変化する

生命を維持するために必要だった伝統的な生業活動の必要性が薄れ、時間をもてあましている若者のレクリエーションの一種になる。

■アザラシ猟とエスニック・アイデンティティ

自然保護を主眼とする1950年台の運動が1970年代に動物の権利保護にすりかえられた。グリンピースや国際動物福祉基金など国際的な動物保護団体がアザラシ猟がいかに残酷であるかを強調し、全面禁止運動をする。
アザラシの毛皮が取れなくなる→スノーモビルの燃料が買えない→イヌイトのほかの猟も出来なくなる→文化の崩壊

■イヌイトにしか出来ないアザラシ猟

4000年来食べてきたアザラシ猟には、長年の勘とマイナス50度にもなる極寒の地でアザラシが呼吸穴にハナを出す一瞬の行為を判断する難しいものである。

■若者の狩猟活動

テレビによる欧米化に伴いイヌイトの伝統的な文化活動への関心が薄れている。しかし現実とのギャップのためにストレスを感じ、それを紛らわせるために猟に出かけるという報告もされている。今のイヌイトでは狩猟はレクリエーションとなり、レジャー化している。

5、考察

狩をしなくても店で品物は買える。じゃあなぜ猟をするかというと、犬ぞり→スノーモービル、モリ→ライフルに代わっても自分たちは狩猟民族「イヌイト」であると言う意識を持っている。

第3章 人類学的実践と共同へ

フィールドワークと先住民

1、はじめに:オリエンタリズム批判、本質主義批判とフィールドワーク

「調べる側・書く側」が用意した選択肢・書かされた回答・語られた話によって「調べられる側・書かされる側」が学術制度そのものとして位置づけられる力である。人類学の場合「西洋」が「非西洋」を、両者の不均衡とその維持の文脈で、「異文化」として描いてきたからこそ批判は厳しくなる。

2、フィールドの人々
フィンランド「サーミ人」の例

■サンモランティの家族(両親と子ども7人)
・サーミ語を話すものは少ししかいない。母国語はフィン語

■熊ヨウニの家族(老夫婦のみ)
・「水岸の人」・・・テノ川の岸辺に定住して、鮭漁を主とする
・考えられないほど自給自足に近い生活
・TVもラジオもない夜の時間は、木工細工などの手工芸をしている
・トナカイを飼育している
・サーミ語を使う

■キルスティの家族(未亡人とその親、子どものいる家族)
・「水岸の人」であるが、祖父はトナカイ組合のリーダーであり、キルスティ自信も評議員。手工芸の達人でもあり、メディアで活躍している。

■アスラックアンティの家族(両親と子ども3人)
・「山の上の人」・・・トナカイの放牧を稼業としている
・水岸の人だけがサーミ人ではないと主張する
・サーミを代表する芸術家「ヴァルケアパー」を紹介してくれる

ニルス・アスラク・ヴァルケアパー
(Nils Aslak Valkeapää, 1943-2001)

Valkeapaa_Nils_Aslak.jpgサーミの詩人。戦争を経験した、あるサーミ人の人生を介して北方先住民族サーミ人全体の過去を物語った詩集『わが父なる太陽』(Beaivi Áhcázan, 1988)を著し、サーミを代表する詩人となる。また、1991年に北欧閣僚評議会文学賞を受賞するなど、国際的に高い評価を得ている。その他に、サーミ地方に持ち込まれた多くの問題を取り挙げながら、サーミ人の伝統文化の行方を危惧した小冊子『ラップランド便り』(Terveisiä Lapista, 1971)などがある。
1994年、リレハンメルオリンピックの開会式にトナカイと共に登場してヨイク(冬の競争)を歌ったことで有名になった。


3、フィールドワークする人々

手工芸コースに通ってサーミ文化を自分の手におくこと、また「民族誌」的写真を再撮影して、自分のいなかった時代のサーミ文化を自分の手に入れること、これらの熊ヨウニの振る舞いは、どこか「サルベージ」(救済・回収)や本質主義として批判される人類学の営みと似ている。しかし、決してオリエンタリズム批判や本質主義批判の対象となるものではない。

プロフィール

Mikami Kako

Author:Mikami Kako

おことわり

保育士・図書館司書に関しては、旧システムによるものなので、現在のもの科目編成や内容にずれがあります。放大についても閉講科目が含まれます

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