第11章 展覧会の企画から開催まで

1、博物館の種類
■博物館法
公立博物館・・・地方公共団体が設置する博物館
私立博物館・・・民法第34条の法人・宗教法人が設置する博物館

■分類
登録博物館・・・一定の基準を満たした博物館で、都道府県が登録する台帳に記載された博物館
博物館相当施設・・・国・独立行政法人が設置した博物館以外で、都道府県が指定した博物館

■文化財保護法
公開承認施設・・・文化財保護法第53条に基づき、文化庁長官が承認した博物館

2、文化財の基礎調査
明治維新の「神仏分離令」により、寺院を中心に長く伝世してきた貴重な文化財が荒廃していった。江戸時代からの大名などは、家に伝承する文化財を手放す例も多く、危機的状況に陥った。
そこで明治政府は「古社寺保存法」を制定し、文化財保護に乗り出す。

3、展覧会の企画
展覧会の骨組みや展開・構成は研究発表に近いが、文章や言葉で表現するのではなく、展示品によって展覧会の意図を閲覧する人に伝えることが研究発表とは異なる。
展示品の材質や保存状態により、展示期間が制限される場合もある。国宝・重要文化財の場合はおむね一年60日以内。

4、展覧会開催の準備
■予算・広報
マスコミと共催し、報道協力を得る場合が多くなっている
■出品交渉
出品者に展覧会の趣旨を説明し、この展覧会に出品される必要性を説明する。
内諾が得られたら文化財の細部や保存状態の調査を行う。
展示期間の設定や図録作成に必要な写真原版の有無等を詰めておく
■図録・ポスター
ポスターやチラシは広報の有力な武器となる。
デザイナーの協力を得ながら行う
展覧会開催後に残る唯一のものとなるので、学芸員にとっては大切な仕事である。
■集荷
借用する文化財の集荷を行う。脆弱な部分においては特に注意を払って梱包する
■シーズニング
普段文化財が置かれていた環境と博物館の環境が違う場合が多いので、早めに集荷し、一定収納庫内で湿温度環境に慣らす(シーズニング)
■展示計画
展示室・展示ケースなどのデザインを決める。
展示室内は壁面に取り付けられた大型の展示ケースを中心に配置される。
日本の古美術作品の場合、素材が紙・絹などの脆弱なものが多いため、展示期間が通常4~5週間、なかには2週間に制限されているものもある。
■展示作業
一般に博物館の学芸員のみならず、集荷作業を委託している美術品を扱う専門の作業員の補助を得て進行する。
展示作業は慎重に行われるが、もっとも肝心なことは作品を動かす機会・時間を可能な限り少なくすることである。
作品の展示後は、作品の名称や解説を付した題箋を設置し、最後に証明を整える。展示室内の照明は作品へのダメージがないように、紫外線をカットしたものが用いられる。
照明の調整は常に照度計を利用しながら行われる。
最後に行う作業が湿度管理である。漆作品では高湿度、金属作品では低湿度に保つ必要性がある。
■展覧会開催中の留意点
環境の変化に十分注意する
■撤収
学芸員が専門業者の作業員に的確な指示を与えながら、付属品も含めて脆弱な部分に十分な配慮をしながら梱包を行う
■返却
返却先では相手の担当者と出荷の際に作成した調書をもとにチェックを行い、返却して借用書を回収する
■事後検証
広報の成果、閲覧会の収支状況を館員全員で認識する。
会期中アンケートを行う場合が多いが、展覧会終了後アンケートの分析を行い、今後の展覧会の構成や広報戦略の参考とする。

5、まとめ
ひとつの展覧会を開催するには企画を担当した学芸員のみならず、館員全員、共催者、デザイナー、運送業者やディスプレー業者など多くの人々の協力があってはじめて成立する。
展覧会に必要な経費は膨大であるため、ひとりでも多くの人々に入館してもらい、感動を味わっていただきたい。

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第10章 電子メディアが開く美的文化の諸相

1、写真メディアの変容
1990年 女子高生の間で使い捨てカメラが流行する
1995年 プリントクラブ(プリクラ)が流行する
タッチペンで写真に書き込みをしたり、漫画の吹き出しをつけたり出来る。
彼女たちはそれを自分の持ち物に貼ることにとどまらず、街のあちこちに貼り付けたり、大量の見知らぬ人のプリクラを交換してシール帳に貼って見せ合いした。

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■人間とは「わたしとは何か」をそのつど了解せずにいられない生き物である。
物語・・発端と結末とで区切られた一連の出来事
自己像・・内面の持続に支えられた記憶の物語
カメラ・・人生の持続をひとつの物語へと構造化する装置
そのため、写真は人生の節目となる出来事や儀礼の記念に撮られ、個人のアイデンティティを確証するものとして厳重に保管された。火事で家財をなくしたものが一番惜しむのはアルバムであることからしても明白である。

だが、写真がもたらしたイメージ・デモクラシーは、この「わたし探し」においても、ひとつの疎外感をもたらす。大量の写真やビデオに囲まれた状況の中での「わたし探し」は困難である。

2、ポスト・モダンの「わたし探し」
豊かな大衆消費社会においては、欲望は飽和している。1970年代までの青春ドラマに見られた青春像はいまや茶番でしかない。

■シンディ・シャーマンの写真「アンタイトルド・フィルム・スチール」(1970)
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自分の人生の物語を、どこにでもあるB級映画の1コマのように表現する。彼女の作品は、イメージが氾濫する社会の中でもはやオリジナルの確固たる自己像をもち得ない現在大衆消費社会の我々の自己像のあり方を表現している。

■昔のスターと今のアイドル
・スター(理想像)・・・呪術的ミミクリー(擬態)
・アイドル(鋳型)・・・同調のミミクリー
(例)アムラー、エビちゃん。
アイドルとの同一化は、商品を所有することで、アイドルを共通の「わたし」の鋳型として同調する現代のトーテム(仲間)である。

■現代のトーテム集団
異なった情報の交換ではなく、システムが押し付ける行動パターンの擬態を通じて同一の情報を共有しあい、これによってやっと自己同一性を確認するふるまいである。
「閉じられた回路の中で、他者を経由することなく、同一のものから同一のものへと機能する」(ボードリヤール 1985)

3、横並びする他者関係
他者と向き合い、思いをぶつけ合い、調整し、時には妥協せざるを得ない他者関係とは違って、同調のコミュニケーションは確かに面倒はない。それを楽しんでいるうちはよいだろう。しかし現実派自分と対時する他者は厳然と存在し、それと向き合うことを拒否するわけないはいかない。

■TVゲーム
友人とTVゲームをする子供の場合でも、ゲームに参加しない子は漫画を読んでいたりする。また同時にゲームで楽しんでいる子供の場合も、お互いが面と向かうわけではなくモニター内のキャラクターを通じて遊んでいる。
このように、相手とつかず離れずの距離を保とうとする、現代特有の他者関係が垣間見れる。

■ヴァーチャルと現実の違い
大人たちは「こんなことをしていたらヴァーチャルと現実の見境がつかなくなるのではないか」と心配するのも無理はない。現に酒鬼薔薇事件やフライトハイジャック事件は、事態が深刻化していることを物語る。
しかし、問題はたんにTVゲームにあるわけではない。現代の現実がメディアのネットワークを介して、ヴァーチャルリアリティやシュミレーションやコピーを組み込んだ形で成立していることである。現実と虚構の境があいまいになってる社会に生きているといわざるを得ない。

4、同調のメディア
■チューングの遊び
そもそも電話は相手の手振りや表情が見えないので対話には向いていない。しかし、電話が普及し携帯のように「いつでもどこでも」つながるようになると、さしたる用事がなくても人は声やメールで呼びかけあい、互いにつながっている事を確認しあう。=チューニングの遊び

■同調のメディアの性格
同調のメディアは同調しないものを排斥するメディアでもある
(例)2ちゃんねる・・・意見を異にするものに激しい攻撃や罵倒

<成功の秘訣>
(例)mixi・・・何らかの形で知り合い参加が許可されたサイト
成功の秘訣は発信者の意見を調整するものがいること
(例)ウィキペディア
ゆるい形の管理者集団がいる
このように、異なった意見を調整する役割のものがいることが成功の秘訣である

■金沢21世紀美術館(2004年開設)
それまでの美術館は外界から遮断された存在であったのに対して、金沢21世紀美術館は、まわりの空間に自在に接続する円形の形とガラスを多様化した透明性によって、外の日常の街と町並みがそのまま建物の内部空間とつながるような構造を持っていることが特徴
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金沢21世紀美術館

日本人と妖怪

特別講義 小松和彦(文化人類学者)

「妖怪」という言葉は井上円了(東洋大学創設者・哲学者)が名付け親である。
1、妖怪のレベル

レベルA・・・現象妖怪。音だけ聞えるものなど。例:あずき洗い
レベルB・・・存在妖怪。現象妖怪の原因を鬼や河童などの固有名詞を用いる
レベルC・・・現象妖怪を目撃したと言ったり、絵に描いたりする

この「レベルC」が日本の妖怪の特徴。
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鳥山石燕『画図百鬼夜行』より
「幽谷響(やまびこ)」
現象であるゆえに、存在であり、造形されたもの


2、妖怪変化史の足跡
「もののけ」・・・アニミズム的思想(「もの」に「霊」が宿る思想)

■古代・・・自然の驚異


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土蜘蛛草紙

■中世・・・器物の妖怪化(付喪神)。造形妖怪の登場


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百鬼夜行絵巻(室町時代:作者不詳)

付喪神(つくもがみ)が流行した背景には、当時技術の発達により工具や日常用具を大事にしなくなった民への戒めがある。百鬼夜行には人間スタイルの妖怪の中に付喪神がいる。

■近世・・・妖怪の図鑑化・妖怪の娯楽化


代表絵師:鳥山石燕(とりやませきえん)
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左から「琴古主」「かまいたち」「ろくろ首」
石燕は妖怪の現象や存在に関わらず、想像した妖怪を絵に描いた。

■近代・・・妖怪の撲滅・西洋の科学、合理的思想の浸透


明治以降、妖怪はどんどん文化の隅に追いやられる
・妖怪研究が出来なくなる
・妖怪を扱う本は低俗と評価される

■現代・・・文化としての妖怪を再評価?


代表絵師:水木しげる
水木しげるは独創的な作家だとおもわれがちであるが、石燕の影響をうけ、歌川国芳の影響を受けている。
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歌川国芳の画                水木しげる「がしゃどくろ」

現代において妖怪は必要ではないが、文化としての妖怪は必要であり、学問として位置づけるべきだと考えられている。

第9章 写真がもたらした文化変容

1893年に写真が発明されたことで、人類が世界を見る見方が大きく変化し、文化のありようも変容した。写真は貴族しかもてなかった肖像を一般大衆がもつことを可能にし、イメージ・デモクラシーをもたらしたが、同時に新たな疎外も生み出した。

1、新たな視覚経験
・カメラの前に立つと、期待感とともに不安感を生じる
・自分の写真を見せられたとき、一種独特の違和感を持つ
これらの感情は、写真と言うメディアが肉眼の視覚とは異なった、新たな視覚の様式をもたらしたという事由に由来している。

■写真行為
・撮る
・撮られる
・写真を見る

<写真の発明>

■ダゲレオタイプ
1839年、ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールが「ダゲレオタイプ」と名づけたものが最初である。
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(光には強いが摩擦に弱い)

はじめてこの写真を目にした人々は、絵画には達し得ない鮮明な描写の完全さと真実に驚いた。

■ダゲールと同時期にイギリス人のタルボットがネガ・ポジ法を発明
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タルボット撮影

その後、1853年にパリの大改造計画が着手され、20年間に渡って変容の経過が写真に記録された→やがて報道写真を生み出す。
写真家は彼らの写真をビュー(眺望)と呼んだ。この言葉によって、彼ら写真家は単なる風景ではないことを意識した。
写真を収集することは世界を収集することである(ソンダグ:1979.10)

2、イメージ・デモクラシーの逆説

■当時パリでもっとも成功した肖像写真家のナダールの言葉
「客はみな自分の器量を十人並みだと思っているので、肖像写真を見せられると必ず失望し、幻滅するものだ。
この落差を補うために、肖像写真家は肖像画的な照明やポーズをとらせたりした。対象は有名人のみ。

■フランス人写真家アンドレー・ユージェーヌ・ディスデリのカルト・ド・ヴィジット
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一般大衆に小さくともみずからの身体イメージを所有することを可能にした。カルト・ド・ヴィジットは名刺代わりに交換され、あるいは商品として売買されるようになった。

<名士の写真の場合>
写真が市場に流通する利潤として、卓越して肥大した自己像を自ら回収する・・・名声になる。
<娼婦の場合>
彼女たちは自己の所有する身体の一部を、金あるいは金を生み出す評判と引き換えに譲渡して売りに出す・・・個人的アイデンティティの喪失
これが、イメージ・デモクラシーの逆説である。

■観相学の流行
面と向かっての自他の関係が希薄な社会にあって、お互いに見知らぬ個々人は、まず身なりや外貌によって評価せざるを得ない。観相学がこの時代に流行するのも、このような理由からである。
アンドレー・ユージェーヌ・ディスデリのカルト・ド・ヴィジットは疑似科学と結びついて、今日でも使われている。
・警察・・犯罪履歴者
・監獄・・犯罪者
・病院・・術前・術後
などの個性を没したカテゴリーを構築する。

これまでのまとめ
17C 肖像画(内面を引き出す)

18C 観相学(見た目重視)

顔写真(管理システムで使用される。見る側のみの判断で見られる側は反論できないシステム)
我々はTVや新聞で犯罪者の顔を見るとき、いかにも犯罪者らしい顔だと言ったりするが、無意識のうちに観相学を引きずっているというべきかもしれない。

現在では管理システムだけでなく、学生証・パスポート・社員証などの一定の資格や身分を証拠立てるものにも顔写真は使われている。我々の世界では肖像画も顔写真も境界があいまいである。

3、空想の美術館
唯一無二な芸術作品は「いま・ここ」にsかない性格を持つ。すでに前章で見たように、オリジナルの複製は古代からあったが、人間の手技によるものとして、量的には限定されている。しかし写真の発明によって、複製技術が人間の手技の制約から離れ、芸術作品が世界史上初めての儀式から完全に開放する。

・アンドレ・マルロー「空想の美術館」(展示する壁を持たない)
写真が配置される空間は美術館の展示する壁と言う展示空間ですらなく、むしろそこから作品を標本として新たな物語を製作することが出来る。
ミクロには個人の私的空間から、マクロにはマス・メディアの環境空間に至るまで、あの美術館の理念を実現するはずの空間の美術館は皮肉にも今日の「文化のスーパーマーケット」状況に、その普及版の実現をみたのである。

プロフィール

Mikami Kako

Author:Mikami Kako

おことわり

保育士・図書館司書に関しては、旧システムによるものなので、現在のもの科目編成や内容にずれがあります。放大についても閉講科目が含まれます

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