狂気と正気の曖昧な関係7

p.68
(ジアンは自転車でヤン教授の病院に行こうとしている)
私がスイフトホースロードの角に着いたとき、黄疸の中年男が現れ、オレンジの紙でできた小さい旗を振っていた。「共産党を倒せ!」と叫んでいる。
彼の叫びを繰り返すものは誰もいないが、すぐに彼の周りに20人程度の群衆が集まった。
彼は、三角形の旗を再び振り、鈍い音を立て、「社会主義はいらない!」それでも、群衆は静かで、恐怖や混乱のなかで彼を見ていた。

彼がさらに叫ぶ前に、3人の私服警官(男2人・女1人)急いでやってきて、彼の髪の毛と腕をひっつかみ、後ろから彼に手錠をかけた。「助けてくれ!」と彼は叫んだ。彼の目は丸くなり瞬いている。彼の首はしっかりと引っ張られている。

p.69
彼の口は唖然として、よだれが落ちた。「もう奴隷になるのはやめるんだ!」彼は、肩ごしに我々に叫んだ。

誰も割ってはいるものはいない。代わりに、O脚の鍵屋がそこにきて、長いパイプで3度、彼の脳天を打った。「うるさい!あなたはよくもワシを奴隷呼ばわりしやがったな!」と怒鳴った。
「うっ痛い・・私を叩かないでくれ、おじさん!」と男は叫んだ。まもなく彼の頭から血が流れた。何人かの見物人は笑った。

p.70
「ざまあみろ!救いようのない反動主義者め!」と、年老いた錠前屋は笑いながらいい、地面から自分の帽子を取るためにかがんだ。
若いハーブ行商人が「なんて馬鹿なやつだ」と言った。「彼は警官があちこちにいるのを知らなかったのか?」

3人の警官に引きずられながらも、男は抵抗して荒れた。時々彼は膝をまっすぐにし抵抗したが、それでも警官たちはその男を引っ張っていった。警官の一人が、彼をベルトのバックルで彼の肩を打ち続けたし、女の警官が彼の膝の後ろを蹴った。わずかの間に、4人は散髪屋のドアのの前をすぎて消えて行った。

p.71
このような騒動の中でも、眉毛に白髪の混じった靴職人は、何本かの釘を靴底にさしながら、決して革靴の靴直しをやめなかった。多くの人々は、拘束された男について話した、彼は愚か者だといい、少なくとも彼の家族の最低1人は、共産党員によって処刑されたのだと言った。

学生たちは、彼らに部が悪い(勝ち目がない)ことを悟り、用心深く、突如正しく行進した。時々彼らは、製鉄所で働く労働者を慰めるために「労働者ばんざい!」叫んだ。
学生たちは少しずつ、道何本かの向こうにある市庁舎に向かっていた。一旦広場から人ごみをぬって通り抜けると、僕は自転車に乗ってフルスピードで病院に向かった。


p.72
圧政に関する多くの文章のなかで、拷問の描写は、文字通り記号であるとともに、表現であることは、全体主義の政府と深く結びついている/植民地化の方法としてー人々の文化のものとして企てられた。
拷問は、物理的または心理的なものであるかもしれないが、しばしば、その2つは固く互いに結びついている。
何人かの作家の間では、このような不幸な描写は、直接的であり、他の者にとっては深い個人的な経験である。
我々は、奴隷制度の関係を討論したーそれは、共同生活者または祖先の思い出として共有され、深く心にとめた。
なぜなら拷問は、時には、反対者が、全体主義者のなかにある極端な政府のイデオロギーを通るツールであるからだ。
そして、植民地のシステムは、抑圧された多くの人々が存在する。

p.73
そしてそれは、煉獄であり、知識人が反論できないようにわざと鈍感にさせるような状況を作る。
そしてそれは、彼ら自身がみる。

異論を唱える少数意見は、文学の中での評論や疑問のなかに当然含まれるが、蛮行として鎮圧され静かになる(自己機関の静寂)
政権は、その時まず権力を使うことができる。そして、数々の方法を使ってそれらをコントロールする。
物理的・力・経済制裁、政治圧力、宗教、差別などの力である。
しかし、これらのコント―ルール力は、彼らがしいたげられた時の個別の心理的反論を表わした時の本当の力であり、自己検閲が生じる、彼らは進んで意見を言うのをやめはじめた時、個人レベルでの完全な植民地化が生じた。


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狂気と正気のあいまいな関係6

p.58
ドアのところでフクロウは、再び演説をぶっていた。私は彼をフクロウと呼ぶのはなぜかというと、彼の名前を知らなかったし、彼の身体は小さく、顔が丸かったし、黄色い目にふさの多い髪の毛、ワシのような曲がった鼻から、私はフクロウを想像したからである。

彼は錯乱した人ととして知られているが、30年前は化学科の講師だった。1950年代後半、彼は右翼の烙印をおされ、逮捕され、シベリアに近い政治犯収容所に送られた。彼は、毎日打たれてたり重労働を課されている他の囚人をみて、拷問と苦しい労働には耐えられないで自殺したのをみると、彼は狂人のふりをはじめた。

彼は大声でスローガンを叫び、歌を歌い、動物の真似をし、自分に泥や大便を塗りたくった。彼はそうやって鞭打ちや拷問から逃れたのであった。

p.59
彼は20年以上バカを演じ、犯罪者の中でもっとも長生きした。しかし、見せかけの狂気は、本物になってしまう。彼は解放された時、彼は自分自身をコントロールできず、毎日わめき、ののしり続け、心を抑制できず苦しんでした。彼はしばしば笑い、泣き、威張りたてた。あなたが彼により注意を払うと、彼の世界はもっと紅潮した。食堂は彼の演説で有名な場所である。「同僚のジョージ・ブッシュは、最高の反革命分子である」と彼は時代遅れの言葉を使って説明した。

p.60
「ブッシュは、もっとも腹黒いやつだ。私たちは彼を滅ぼし、彼を広場で打ち、彼を踏みつぶし、再び立てないようにしなければならない」彼の言葉は残忍であったが、朝飯を食べる人の興味を引くことはなかった。これが毎日続き、人びとはうんざりする。

客の反応が悪いと思ったフクロウは、違う方法を試みた。彼は突然歌い始めたのである。「東の風に~~♪」奴は小さい拳で拍子をとり、狂乱状態で歌ったが、その拳の関節は潰れていた。

p.61
もう長いこと時代遅れになっている歌など、誰も聞かなかった。しかし今日は、彼のキチガイ声が僕の神経に触り、私は「うるさい!」と叫んだ。

あたかも私も狂人だといわんばかりに、人びとはこっちをみる。フクロウ大喜びして「見よ!同士たちよ!彼はアメリカ帝国主義の味方だ!」と叫ぶ。

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5.狂気と正気のあいまいな関係

p.48
ヤン氏は再び言った「これは私のお気に入りの詩だ。私の命を救ってくれた詩です」
「どんなものですか?」私は再び興味を持ってわくわくして聞いた。
「文化大革命が突然起こった時、私は悪魔の化身として非難された。なぜなら、その前にいくつか外国の詩を翻訳していたし、ゲーテは偉大な詩人だ主張したからね。
時には、革命の反乱軍兵士が大学構内にいて、私の名前を書いたバカ帽子をかぶらせることもあった。
時には、彼らは私の身体を曲げるために私の首の周りに水をはったバケツをぶら下げて頭を下げさせるようにした。
時には、彼らは洗濯板の上で膝まずかせた。
私の膝が出血し始めた時でさえ、彼らは私が立つことを許さなかった。しかし、拷問の間、私はゲーテの神曲を暗誦したのだ。

p49
彼らは物理的に私に傷をつけるが、心までは支配できなかった。常に私は目を閉じ、地獄篇のシーンを見ていた。彼らに目を開けるように強要された時、私の周りにいる狂った人々は、地獄にいる悪魔や怪物だと想像した。彼らは、希望を持っていなかったから残酷で死にもの狂いだった。神曲を暗誦する間、私の苦悩は煉獄に入るのを助けてくれているのだと感じていた。(地獄⇒煉獄⇒天国)私は希望を持っていた。
苦悩は、魂を鈍化することができる。煉獄の向こうには天国がある」

「あなたはキリスト教徒ですか?」と私(ジアン)はうっかり口に出した。なぜなら私は彼がなぜこのような長い詩を記憶しようとしているのか理解できなかったからである。

p.50
「ちがう。私は宗教はやってない。しかし、その時、拷問下では、私はキリスト教徒になることを望んだ。なぜなら心から神に祈ることができたから。『宗教は、精神的な麻薬である』と、マルクスは言っている。それについての疑いはない。
まだ時々人々は痛みを緩和するために、精神的な麻薬が必要だ。ただ、肉体だけで苦痛に耐えることはできない。
ともかく、この詩は私を助けてくれて、私をなぐさめ、元気づけ、私が死を想う時を乗り切らせてくれる」
先生はしかめつらをして手をあげ、自分の喉をしめて分厚い舌を付きだした。

p.51
先生はそういうと、煉獄編のコピーを机から取り出し、私に振って見せ、あたかもそのもろい本が無限の力をもっていることを確信させた。


p.52
彼が作家として知られるハ・ジンという名前は、アメリカに移住した著者の名前である。彼は初めに中国について書いた。しかし、英語で書くために、彼自身の語である、彼の仕事の保護地域である。
植民地独立後の作家になることはむしろ、祖国から離れて外国で暮らしている作家として評価された。

ハ・ジンは、アメリカで本格的に新しいアイデンティティを築く間に、自ら課した、彼が生まれ育った国からの亡命に耐えていたのかも知れない。彼はすでに部分的に移行することを望んでいたかもしれない。なぜなら、彼のアメリカでの学問は、子どもの時に経験した1989年の天安門事件と、異なったイデオロギーと文化の背景を採用した彼のこのような決定は、深い政治的なものである。
彼の言語の選択は、このようにみえた:英語を選んで書いている時は、中国人のハ・ジンの分岐であり、帝国主義と倫理学とモラルを積極的に採用したアメリカとして知覚された。少ないイデオロギーをもつ母国を批評するハ・ジンとして。

p.53
この、ハ・ジンが隅々までいきわたるように書いている東西の融合は、我々がこの本の冒頭から感じることができるかもしれない。ヤンのキャラクターは、「宗教は麻薬だ」という、マルクスの説に裏付けされており、耐える人びとにとって必要な麻薬であるとみられている。
ヤンは、キリスト教徒ではない。社会的迫害、または植民地独立後の人びとの間でキリスト教哲学を支持するテキストのなかで慰めを求めている。なぜなら、本質的に人間は希望をもつ。うわべだけの望みかも知れないものでさえ。極度の状況に追い込まれ救いを求める時は。
ダンテは、宗教思想と文学と、われわれの生活の中での理解し、文化と哲学を文学の語句と離れた位置でそれらを高めたのかも知れない。


英語圏の言語と文化4

p.38
「あなたは、私たちはすべて農民だと思っている」とチューは言ったが、それは少しの恨みもない主張で、あたかも客観的に興味を持ったように聞こえた。「でも、私たち全員がこのような汚い所に住んでいるわけではない。フェリックスはウイリンストンに住んでいるだぜ。あなたはそれを知らなかっただろう。豪邸だぜ。彼の兄が、そこでタクシー会社を経営している。やつらはそこであなたを見かけたってさ。

リーヴァイはひざまづき、チューの後ろに背中を向けたまま立ち上がった。彼は人に向かって嘘をつくことができなかった。「えっと・・私の私のおじさんがここに住んでいる。おじさんのためにちょっとだけ仕事をしてあげたりとか。庭のあたりのこととか・・」

「俺は火曜日にあそこにいたんだ」とチューが言い、彼を無視した。「大学にだぜ」。彼はこの言葉を自分の舌の上のインクのように扱った。「クソいまいましく猿のように給仕したんだ。先生がだぜ。苦痛だぜ!俺はあんたにはっきりそう言える。なぜなら俺はわかってるからだ」と言いながら胸を叩いた。「この胸が痛むんだよ」

p.39
彼は突然正座した。「私はハイチで教師をしていたんだ。何だと思ってるの?私は高校教師だ。フランス文学と言語の!」
リーヴァイは口笛を吹き、「私はフランス語が嫌いだ。やれやれ・・難しいからね。大嫌いだ」

「それからね」チューは続けた。私の従兄弟が、彼らに給仕をすれば、手取り30ドルもらえるからやれ。プライドなんか捨てろとね。格好悪い制服を着て、彼ら(白人の教授)に小エビとワインを配るのよ。私たちは、30ドルさえもらえなかったんだぜ。私たちは自分のユニフォームを洗濯するために支払わなければならない。残りは22ドルだ。

チューはマリファナをリーヴァイに渡したが、リーヴァイはもう一度それを断った。「教授はいくら儲かるとおもう?」リーヴァイは「知らない」と答え、「それは本当だ」と言った。彼は自分の父親から20ドルだしてもらうことさえ困難だった。

p.40
「かれら(教授)はチップをセント単位でしかくれない。相変わらずの隷属状態だ。何も変わらない。糞野郎!」チューは言った。しかし、彼のなまりのせいで、それは無邪気で滑稽に聞こえた。「アメリカの音楽はもうたくさんだ。ボブ・マレーがいい!ボブ・マレーが聴きたいよ!」

p.41
私たちが「奴隷」という言葉について考える時、普通は物理的に奴隷にすることを思う。自由そのものや自由を選ぶ権利を奪うシステムの中で強制労働させられた人々だ。奴隷制度は現在もまだ各地で存在している。自由主義者からは咎められているが、奴隷制度のあとのことは、個人と文化の分岐点で考慮されなければならない。

奴隷化は個人の問題であるだけでなく、心理的にも長く影響を与える。そしてそれは世代を超えて続く。奴隷制度の過去をもつ多くの人々は、未だに彼らの外縁に見られ、時々しゅりゅ社会で酷使されるが、あきらかではない方法で隠されている。

いくつかの侮辱、彼らや彼らの祖先がうけた侮辱は無実の犠牲者であり、自己嫌悪と恥を感じる。

p.42
「奴隷」それは多くの形をもつ:政治的立法や不法な行動、経済的な困難、強制移住、権利や健康からの民族性の排除。これらの排除の形は、よりかき乱される。そしておそらく巧妙に。しかし、まだ影響は多く、今日の社会に根差している、

オンビューティのチューのキャラクターは、例えばハイチから移住した黒人として、深い拒絶と危機を彼の新しい家庭で感じており、国家の中の植民地独立後の少数民族として例えられていた。キキは、物語の中でアフリカンアメリカンとして描かれていた。彼女の南米のアイデンティティから文化の人種と表現を早々に超えたものとして。

犠牲的行為の努力と侮辱は、世代を超えて愛され、多くの人種に包み隠さず「自分自身は何者か」ということを深く考えさせてくれる。


プロフィール

Mikami Kako

Author:Mikami Kako

おことわり

保育士・図書館司書に関しては、旧システムによるものなので、現在のもの科目編成や内容にずれがあります。放大についても閉講科目が含まれます

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