9.西洋との出会い

p.88
(そんなに名作と言われている本でも、読者にその準備がなければ意味がない)
私は、グスタフ・フロベールが書いた小説である「感情教育」を何年か前にはじめて読んだ。
それは、1950年版の古本で、アラハバードの歩道で本を売るものから、20ルピーで買った。
本の背には最初の持ち主の名前と、ウイラーという書店名が、赤い判子で押してあるのをまだ読むことができたし、ページを開けると、薔薇の花びらの押し花が舞い落ちた。
私は、その作家の名声と、奥付にあるペンギンクラシックスという出版社の威信に惹かれてその本を買ったのであった。
しかし、当時この本は、他の多くの本と同様に喜びや感銘を与えはしなかった。また、私はそれを退屈で長いと感じた。

p.89
私はそれをなんとか読み終えたが、それはエネルギーを使い果たしたあとのマラソンランナーのように、意地を張ってのことだった。その後この本は、良心的に読みはしたが吸収されなかった他の本と同じく本棚の中で朽ちていた。
それから、ムスーリに向けて旅立つ直前に、私はエドムード・ウイルソンが、フロベールの政治性について書いたエッセイと偶然会った。

p.90
その文章では、「感情教育」について、あまりにも生き生きと語られていたので、私はこの小説の中で価値があるものをすべて見の逃さずにいようと思った。私は再びこの本を取り上げた。
当時私は、他の本を読み始めてはすぐにやめてしまっていたのだが、他の本とは違い、感情教育のページをパラパラめくるようなことはしなかった。私は何回かに分けて、それを最後まで読み通した。
すると、不思議なことに私は、今度は田舎者が、都会で魅惑的で幻想的な密会をする語りに、ほのかな満足が満ちていることに気づいた。それらは特に私に受け入れやすい事柄がいくつも書いてあった。

主人公のフレデリックの情熱的だがはっきりとしない憧れや、優柔普段さや目的のなさや、自己評価の低さは、自分を鏡に映しているようなものであった。そして、どこにいくあてもない情事や、だんだん衰え、いずれすべて消えてしまう芸術的・文学的な視点は、ゆっくりだが確実に迫ってくる地平線のように甘んじなければならない幾人かの人生のようだ。
何年かにも渡る長い描写を通して、私が必ず気づく哲学的な視点を提示していた。

p.91
そのページからは、ヒンズー教の宿命論がにじみ出るように思えた。つまり人生は成り行き任せのものであり、むなしいものであり、幻想的なものであるという感覚がそこから感じられたのである。そしてそれが、幅広い範囲の人間の経験を通してそんなにも説得力を持ってドラマ化されていることは、20歳でほとんど何も経験していない私にとって、この先の人生において身の毛のよだつ暗示をうるようなものであった。

p.92
インド人ライターの抜粋によると、パンカジュ・ミシュラは、植民地教育と正統派ヨーロッパ文学の議論を私たちの前に戻してくれた。
植民地化の範囲と方法への依存は、はじめに国の支配者が入り込み、そしていきわたり、国の文化は植民地化し、これらの文化のいくつか残った簡単なものまで消し去る。

私たちは、ザドルスミスのオンビューティの中にある最も正当な関係を簡潔に議論する。しかしながら、植民地の文化の中の同級生の中にある西の文化の冒頭は、前向きと後ろ向きの展望の両方をもちあわせているのかもしれない。
ついに複雑な3つの状況を通り、植民地から出るまたは残るという2つの文化の重要性を促進する。植民地とその関係で。
われわれは、パンカジが書いたこの抜粋が意味するものを感じ、インドを感じるーこの国は、1947年に革命がおこる前までずっと長いイギリスの植民地であった歴史をもっているーこのような例がある。
はじめに、インディアンのリーダーは、先住民族のテーマをみつけ、ヨーロッパ文学のなかにそれを据えようとしたのかもしれない、

p.93
多分、社会的な流れと人々やシステムの政治的な面、またはよりインドの文化自体がもつ記述などである。
キムやフォスターのように。
次に、インディアンはむしろ彼自身が、ヨーロッパが設定したものや彼らの文化の中に飛び込んでいき、そして、ヨーロッパの原理からでる関係や問題を、より理解しようとしている(この例のケースは、19世紀のフランスのライター、ガスタベが書いている)
最後に、管理者とリーダーはむしろお互いの文化の中心に立ち、いわば刺激を作っている。それは、テキストの世界的な真意をより狭くするかもしれないことと、人間性と個人的な上に全面的に影響を与える、相互的な関係のない問題である。むしろ、特に地方の関係は、よくわかった。
これら3つの方法のそれぞれは、お互いに両立しうる関係であるけれども、植民者と植民地にされた場所の間の力のバランスに関係がある。
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8. 隷従のトラウマ

p.79
「男なんて所詮男でしかない」と、ベイビー・サッグス(セスの夫の母親:姑)は言った。「でも息子は?息子となればいっぱしの人間さ」

それは多くの理由で筋が通っていた。なぜなら、それはベイビーの人生において、またセスと人生と同じように、男と女はチェスのコマのように動き回っていたからである。(白人が黒人を動かすという意味もある)
誰もがベイビー・ザッグスが愛したのは言うまでもなく、彼女が知っていた人のうち、逃亡するか絞首刑になるかいずれでもなかった人は、借りたり、貸される、買われる、連れて行かれる、蓄えられる、抵当に入れる、盗まれる、押収されたりした。
そこで、ベイビーの8人の子どもは、6人の父親を持った。
この中に彼女の子どもが含まれているからといって、誰もチェッカーの遊ぶのを止めてくれなかったからといい、彼女はこれを「人生の不愉快さ」と呼んだ。
ハルは彼女が一番長く手元に置いておくことができた息子だった。20年間。人生と同じだけの長さだった。
まだ永久歯も生えていない彼女の2人の娘が、彼女がお別れを言うことができないうちに売られていなくなってしまったことを聞いた、という埋め合わせとして、彼女に与えられたことは疑いの余地もなかった。(自分の娘が売られたことを聞いた)

p.80
彼女の3番目の男の子を手元においておくのと引き換えに、彼女は4カ月間、現場監督と性交渉を持たされ続けた/翌年の春にその息子を材木と交換させられ、自身は約束を破られ妊娠させられた。
その子どもを彼女は愛しておらず、残り(後の7人)の子供を愛さなかった。
「神様が奪おうと思ったものは奪われますように」と彼女は言った。
そして神は奪った、神は奪った、神は奪った、それから彼女に自由を与え、ハルを与えたが、ハルが与えてくれた自由は、何の意味もなかった。

セスは、自分の全員の子供の父親であったいっぱしの息子と、6年間も結婚しているという驚くべき幸運に恵まれた。
それは、スイートホーム農場が、あたかも本当に安らかな家であるかのように、彼女が向こう見ずにも当然しし、降りかかった神の恩寵であった。

p.81
まるで、白人女の台所にもたれさせてあるアイロンの持ち手に、ひとにぎりのギンバイカを挿しておくことで、それが彼女のものになるようなものである。まるで、口の中のハッカの小枝が、息の香りとともに息そのものを変えたように。
(これらはすべて錯覚である)これ以上の愚か者はいなかった。



p.82
アフリカアメリカンの著者と学歴は、トニー・モリソンで、無邪気さを失っていたが、書くことでアイデンティティを取戻した。それは、個人的な描写と、追いやられ支配された関係を通じて。
それらを圧迫する力に、まだ属しているが、彼女は多くの黒人がもつ進行中の不安を急いでいる。
奴隷制度は、残っており、アイデンティティの根本に内在し、想いとして存在する。
逆説的に言うと、すべてはまだ覚えるために苦しんでいる。

アフリカアメリカンの間では、奴隷制度は、人間の歴史の中で最悪の出来事として覚えておかなければならない。
そしてそれはまだ、モリソンは、それらが認識を通じて達成することができる本当の「自由」だと議論することができる。-これらの行為が、誰かの先祖が起こしたよくないことだということで、人びとの教訓としてーそしてそれは、独立の力になったと。
わずかだが、同じ方法がある。植民地独立後を定義することができる多くの人々は、植民地のアイデンティティを通じて、彼ら自身を定義するための力を含んでいると考える。
彼らは、個人の自由と本当の独立の逆効果としてみる。

p.83
集合的で個人のしんりとして痛みを持つこれらの思い出であり、確かな距離は、同じ経験を分け合合ったいくつかの物語で見ることができるかもしれない:個人は、思い出とそうでないものは、ベロードによって記述だれたとして、荒廃した中に、自分の居場所を作ることはできない。
さらに、この奴隷制度、または心と体の植民地化は、小説に描かれ、このような父建的な時代に生きる女性に、二重に圧力を与える。
奴隷制度のシステムは、父権的な社会の一コマでもある。



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Mikami Kako

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おことわり

保育士・図書館司書に関しては、旧システムによるものなので、現在のもの科目編成や内容にずれがあります。放大についても閉講科目が含まれます

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